第14話 坊っちゃんの不名誉なあだ名
◯ルビアの街 中央広場に至る道 (1902年 3月 夜)
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モアゴールドがアレクシスを
呼んだあだ名《むっつり君》。
いささか、いや、かなり不名誉なあだ名だ。
ディアマンテとヨハンは彼らの主人を見つめる。
アレクシスは慌てて、
先輩であるモアゴールドに抗議する。
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モアゴールドから《むっつり君》と呼ばれ、ディアマンテとヨハン2人に怪訝な顔で見つめられたアレクシスは抗議した。
「先輩!そのあだ名はやめてください!」
「すまんすまん」
「すみません、あの、むっつり君、というのは?」
ヨハンが聞き捨てならないといった風にモアゴールドに問いかける。
ヨハンの瞳は真剣そのものだ。何か学校でスキャンダルでもあったのか、旦那様に報告すべきか――などと思い悩んでいるのがよくわかる。
「ヨハン!違うって!僕は何もいかがわしいことはしていない」
「けれど、火のないところに煙はたたずと申しますし」
「だーかーら、何もしていないって」
執事と青年の言い争いがはじまってしまった。モアゴールドは発言に責任を感じたのか、慌てて取り繕う。
「執事殿。安心してくれ、アレクシスは何もしていない。ただ――第一学年であるにも関わらず背伸びした恋愛小説なぞ読んでいたから、私がからかい半分であだ名をつけただけなのだ」
「「――恋愛小説?」」
再び、ヨハンとディアマンテの声がかぶった。
はぁーーーーっ、と、アレクシスは深い溜息をつく。
「だから、そのあだ名はやめてくださいって、言ってるじゃないですか」
「すまん……」
小男はしゅんとして、うなだれた。
「ヨハン、確かに僕は第一学年のとき、モアゴールド先輩からムッツリ君って呼ばれてたけど――それは現実的に、女性に何かしたとか、いかがわしいものを持ってたとかではなくて。ただ、小説を読んでいただけなんだ」
アレクシスが当時読んでいたのは、救国の聖女と、その幼馴染の物語。ほのかな恋愛要素のある騎士道物語だった。確かに実科学校の一年生――つまり、十歳の子どもが読む小説としてはいささか背伸びしたものだった。
その物語にある聖女の想像図を落書きしていたのを先輩に見つかり、
《恋愛小説を読み、女の子の絵を描くヤツ=むっつり君》などという不名誉なあだ名をつけられてしまったのだ。
「いやいや、確かに『むっつり』は言葉が悪かったな。君との付き合いは一年くらいだったが、君はよく本を貸してくれとせがんできたな」
アレクシスは物語が好きだった。
幼いころに母を亡くしたアレクシスにとって、女性を守る物語というものはまるで自分が亡くなった母を守っているかのような気がして、魅力的に映っていたのだった。
モアゴールド家は自宅に図書館を持っていた。話題の小説なんかは、学校に備え付けられた図書室よりも早く入荷していた。
読みたい本を先輩に貸してもらううちに恋愛小説好きがバレて――例のあだ名がつけられたのだ。
「君の読んでいた本のラインナップを思い返すと、『むっつり』というより、ロマンチストと言うべきだったかもしれないな」
「ロマンチスト……ですか。」
それはそれで気恥ずかしい。
「確かに、坊っちゃんは以前から小説がお好きでしたね」
幼い頃を思い出したせいか、ヨハンが坊っちゃん呼びに戻っている。
「何か、女性を守る物語っていうのは、いいなって思っていたんだよ」
「君は騎士道物語を好んでいたな」
モアゴールドも当時を懐かしむようにつぶやく。
「先輩が貸してくれたあの話は、挿絵が母に似ていたんですよ。それで、良く読んでいました」
「御母上に?」
「はい。――写真でしか、記憶に無い母ですが」
モアゴールドがはっとする。アレクシスが母を亡くしていることを、一年だけの付き合いの彼は知らなかったのだ。
その様子を察し、ヨハンが小さく「早くに、おなくなりになられたのです」と付け加えた。
「なんと、そうだったのか」
モアゴールドは眉を八の字に下げて、静かに頭を下げた。
「人には、いろいろな事情があるものだな。君の小説好きに、そのような背景があったとは。てっきり、ただの本の虫かと」
「いいんですよ。あだ名のことは。もう七年も前のことですから、気にしていません。それに、本の虫なのは事実ですからね」
アレクシスもさっぱりと言った。実際、今でも本を読むのは好きだ。
この先輩は悪い人ではないのだ。ただ、ちょっと抜けているだけで。
モアゴールドが本当に助かった、ありがとう、と言って去ろうとすると、ディアマンテが声を挙げた。
「すみません、モアゴールドさま。一点お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何だね」
「賭けに負けた――とおっしゃっておいででしたが、その相手は、先程の男、でしょうか?」
「いや、あいつは、賭けに負けたあとに現れたゴロツキだ。賭けの相手は別に居る」
「――なるほど。若旦那様」
ディアマンテは静かな笑みを浮かべながら、「今日の紅茶に砂糖はいれますか?」と問うような調子で、アレクシスに問いかけた。
「その賭けの相手は、こらしめなくてもよろしいでしょうか?」
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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