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第11話 商人の夢


◯ルビアの街 街道沿いの酒屋 (1902年 3月 午前)



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近くの馬つき場に馬車を停め、

アレクシス・ヨハン・ディアマンテの

三人が店の前に立っている。

店は大変派手な飾り付けがなされている。

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 酒屋は赤と黄色の布が垂れ下がり、看板も赤と黄色。飾ってある花も赤と黄色だ。アレクシスは目をしばたいた。


「……目がチカチカする店だね」


 ヨハンが苦笑しながら言った。


「はじめは、この赤い布だけだったんですが。黄色も足したら派手になり、客入りが良くなったそうで。年々赤と黄色を増やして、こんな風に。」

「どうしてこんな色なんだろう」


 アレクシスが目を白黒――いや、赤黄――させていると、店主、ヴィーノ・ピーヴァがやってきた。


「おお!ヴァルミタール家の執事!よく来てくれたねえ!」


 小太りの、人の良さそうな主人だ。黄色のシャツに、赤のズボン。主人はアレクシスのほうを見ると、目を見開いて


「坊っちゃん!大きくなられて!」

「ヴァルミタール家のアレクシスです。このたび、父より一部の仕事を引き継ぐことになりました。」

「これはご丁寧に。」


 店主は微笑みながら一礼する。


「お会いするのは久しぶりだ。確か前にお会いしたのは5年ほど前でしたか。そう、カーニヴァルの時だ。」


 確かに、言われてみれば、子どもの頃に会ったような気もする。


「すみません、ご無沙汰しておりまして。」

「いやあ、若旦那修行といったところですか。めでたいことだ。」

「若輩者ですが、よろしくお願い申し上げます。」


 アレクシスはシルクハットを胸元まで下げ、深く礼をした。初仕事、失礼があってはいけない。

 ヨハンとディアマンテも、それに準じて深く礼をする。それを受け、店主も丁寧な態度で応じた。


「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます」


 一通りの儀礼的な挨拶を終えたあと、店主はもとの口調に戻る。


「ほんと、しっかりしてらっしゃるよォ。まったく、ウチのヤツにも見習ってほしいもんだ。」

「息子さんがいらっしゃるのですか?」

「ええ。坊っちゃんと同じ年の頃ですが、がさつでいけねえ。酒樽運ぶくらいしか能がねえんだから」


 どういう顔をしたものかアレクシスが迷っていると、ヨハンが助け舟を出した。


「ご主人、さっそく、倉庫整理に取り掛かろうと思うのですが」

「そうだそうだ!前からだいぶ間があいちまったからな。入ってくれ。」


 店の入口から入ると、カウンターにいくつかの机。その奥に厨房、そしてそのさらに奥には、棚と瓶、木箱が並んでいる。


「木箱が輸入物なんだが、ラベルが読めねえ。買ったときにメモをもらってるんだが、それも異国の言葉でな。そいつらの整理と、瓶の高級酒の在庫整理。あとは地下倉庫の整理だな。明日の朝までに頼みたい。」

「かしこまりました。」


 ディアマンテが微笑む。


「兄ちゃん、またあんたなのか。」

「はい。」

「その年で異国の言葉を使いこなすたあ、たいしたもんだ。」

「ありがとうございます。」

「どうだね、ウチの娘、嫁にむかえねえかい。あんたが跡取りんなってくれりゃ。ウチは安泰だ!」

「ははははは。」


 突拍子もない雑談にも、穏やかな微笑みを崩さない。

 受け流している、というより、のれんに腕押し状態。店主のほうも彼がそういう人間だとわかっているのか、雑談を続けることはせず、「じゃ、まァ頼まァ!」と明るく言って、店のほうに出ていった。


 ヨハンも、旦那様に頼まれた買い物があるから、と店を去り、倉庫に残されたのはアレクシスとディアマンテの2人となった。


 樽、樽、樽、木箱、木箱、瓶、瓶、瓶、瓶……。かなりの量だ。

 それに、木箱をどけると、また裏には木箱がある。そしてそこにはまた瓶や袋がぎっしり詰まっている。


「酒では無いものもあるんだな。」


 木箱に入っている紙をぺらりとめくる。

 ミミズのような線がのたくっているもの。

 直線が直角に交差しているもの。

 絵のような意匠がところどころについているもの。

 どれも文字なのだろうが、ひとつも読めない。


「輸入ものは、ナッツや穀物といっしょに売られることも多いですから。」


 そう言いながら、ディアマンテは次々と紙を読み、それを自国語に書き起こしてゆく。


「本当にどれも読めるのか?!」

「ええ。昔取ったきねづか、というやつですね。」


 その《昔》って、どれくらい昔なのかしらん、とアレクシスは思った。

 百年、二百年。普通の人間がけして成し得ないことを、この不思議な宝石(ジェムズ)はまるで何事もないようにこなしてゆく。

 知識だけでなく、体力も。アレクシスがやっとのことで持ち上げる樽も、ディアマンテは軽々と持ち上げてしまう。


「――君たちが居たら、人間なんて要らないかもなぁ。」


 アレクシスは汗を流しながら、苦笑した。実際、出来ることは手伝おうと思っているのに、手伝う隙もない。それに彼らは汗もかかず、疲れない。本当に――機械――のように。


「人間だから出来ることというのも、たくさんあると思いますよ。」


 ひょいっと、瓶が16本も入った樽を持ち上げて言うディアマンテを、アレクシスは見上げた。

 1時間、2時間。作業は進んでゆく。ディアマンテの作業は早いが、やはりモノを右から左に動かしたりする仕事は、人数が居たほうが早い。アレクシスもよく働いた。このぶんだと、夜には終わるかもしれない。

 あたりが薄暗くなってきたので、ランプをつける。すると視界に、ピンク色のふわっとしたものが飛び込んできた。


「今年は、2人なのね。」


 可愛らしい声に顔を上げると、12,3歳くらいの少女が居た。

 ピンク色のドレスに、前掛け。小さなお盆にパンと干しぶどう、干し肉が乗せてある。


「パパが2人にって。」


 アレクシスは、少女に目線を合わせるようにひざまずき、お盆を受け取った。


「ありがとうございます。レディ」

「!」


 少女は目を見開き、頬を赤らめた。そしてはっとして、淑女流のおじぎをする。


「ご挨拶遅くなり申し訳ありません。エリス・ピーヴァです。」


 スカートの裾をちょん、とつまんでする挨拶が、少し背伸びした所作で可愛らしい。


「はじめまして。アレクシス・ヴァルミタールです。こちらは――」

「ヴァルミタール家のディアマンテです。毎年、お世話になっています。」

「ディアマンテさん。はじめてお名前がわかったわ。パン、もし足りなかったら言ってちょうだい。私、運ぶから!」


 そう言い残すと、少女は店のほうへ足早に戻っていった。


「あの子が、さっきヴィーノさんが言っていた《娘》かな」

「そのようですね。」

「可愛らしいね。まだ幼い。」

「そうですね。まだ結婚を考える年とは思えません」

「確かに、君とじゃ年齢差があるね。」

「ありすぎる、です。若旦那様(ドミヌレ)」


 ディアマンテが大真面目にアレクシスを見つめるので、アレクシスは吹き出してしまった。


「はは、確かに!十倍、いや二十倍、年が違うのだもんな!」

「ヒトと私たちが結婚など、無理があります。」

「ヴィーノさんだって本気でいったわけじゃないと思うよ。見た目の年齢でいっても、倍くらい違うもの。」

「そう、ですね。」


 ディアマンテは目を伏せた。ヒトと宝石の生きる時間は違う。ディアマンテの頬から、ふっと笑みが消える。

 両者が交わるのは一瞬だけ。ヒトが求める《夢》を提供する僅かな時間だけ。

 彼は、これまでに出会った人間、そして、記憶の彼方へ消えていった人間のことを少しだけ思い出し――その輪郭がはっきりしないまま、再度記憶に蓋をした。

 ディアマンテの瞳の揺らぎには気づかず、アレクシスは言った。


「アレ……?でも、僕も君と、十倍は年が違うってこと、だよね。」

「さようでございます。」

「ってことは、君にとって僕って」

「彼女と、さほど変わりませんよ」

「ってことは、お父様も」

「ええ。」


 ディアマンテの表情は、いつもの笑みに戻っていた。そしていたずらっぽく、言った。


「皆、わたしにとっては、子どものようなものですとも。」


 夕食どきを少し過ぎたころ、倉庫整理の仕事は終わった。

 美しく整理された在庫表。

 輸入品のそれぞれにつけられた丁寧な説明書。

 倉庫の酒は種類・年代順に整えられ、文句無しの仕上がりだった。


 ヴィーノの酒場で、ふたりは夕食をご馳走になった。また来年も頼む、と嬉しい言葉をもらい、報酬と、土産のワインをもらって、仕事を終えた。


『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』

原案:神田明子

作:西瓜すいか・差異等たかひ子

企画・制作:Hisshigumi Project


※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。



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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


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毎日更新していきますので、これからも『ディスポーザブル・キャスト』をよろしくお願いいたします。

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