第10話 若旦那様の初仕事
◯ヴァルミタール家 一階 玄関 (1902年 3月 朝)
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アレクシスが、何やら紙を真剣に読んでいる。
どうやら、
本日の仕事内容が書かれた紙のようだ。
そのかたわらに、執事ヨハンと、
ダイヤモンドの宝石少年、
ディアマンテが控えている。
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翌日。アレクシスはヨハンから酒屋の依頼の詳細を聞いた。倉庫整理と目録の整理。それから帳簿整理。
ディアマンテも慣れたもので、すでに準備は万全らしい。
(僕は、見届けるのが仕事、か――)
仕事そのものではなく、見届けるのが仕事。まだ17歳のアレクシスにとっては、初めての経験だった。そわそわしている新米主人に、ヨハンが優しく声をかける。
「若旦那さま。気を楽になさってください。」
「ありがとうヨハン。どうも、慣れなくて。」
つい最近まで学校に行っていて、家のことなどほんのお手伝い程度だったのだから当たり前なのだが、根が真面目なアレクシスはカチンコチンに緊張していた。
「お仕事そのものはディアマンテにまかせて、若旦那様はただ見ているだけでも大丈夫ですから」
緊張をほぐす目的で、ヨハンが言葉を添えた。
「ありがとう、ヨハン。でも、自分が出来ない仕事をやってもらうのに――僕のほうがその人の上に立つ、なんて」
申し訳なさそうにディアマンテのほうを見る。するとディアマンテは若き主人の不安を打ち消すように言った。
「若旦那様。主人とはそういうものです。」
アレクシスの顔が上向く。ディアマンテは、ニッコリと微笑んで、続けた。
「私たち宝石少年は、使われてこそ磨かれる者。気にすることはありません。」
ディアマンテが再び穏やかに微笑む。瞳の輝きに小さな虹が浮かぶ。
ヨハンが、では、まいりましょうか、準備をして参ります、と言って場を離れる。暫く待つと、ヨハンが馬車を出してきた。
ここ、ヴァルミタール家の「白の館」は、町外れの丘の上にある。町に出るには、馬車を回すのが早い。
酒屋は町の反対側、街道沿いにある。馬車でいけば10分程度で着く距離だ。
ヨハンが馬を繰り、ディアマンテとアレクシスは馬車に乗り込んだ。
◯街の酒屋へ向かう馬車の中 (1902年 3月 午前)
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ヨハンが馬を繰り、
アレクシスとディアマンテが馬車に乗り込んでいる。
馬車の中、密室で2人。
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酒屋につくまでにはしばし時間がある。道中、アレクシスはディアマンテに色々と聞いてみることにした。
(お父様も、彼らと話をするべきだと言っていた。――ええと、何を話そうか――)
アレクシスが話のタネを探している間、当然ながら、馬車の中には静寂が拡る。
実際は気まずいことなど何もないのに、話していないこと自体が悪いような気がしてくる。
アレクシスはとりあえず、何でもいいから話をしてみよう!と心を決め、口を開いた。
「ディアマンテは、いつからヴァルミタール家に居るんだ?」
「さて……どれくらい前からだったでしょうか。少なくとも若旦那様の曽祖父さまの頃からは、居たと思いますよ。」
「曽祖父さま――数十年前、だな。」
「そうでございますね。」
「その頃からずっとその姿で?」
「姿は、ある程度変えることもできるのですが。とくにご指示いただかなければ、概ねこの姿です。」
「年をとらないのか。周りから不思議に思われることはないのか?」
「多少、若くも、年を取ったように見せる事もできますが。これくらいの年齢の姿でいると、大抵の人間は違和感を覚えないものなのですよ。」
ディアマンテの姿は、二十代後半くらいに見える。だが確かに、見ようによっては二十代前半にも見え、また、逆に三十代半ばくらいと言われれば、それも納得感があった。
「確かに――。」
「今回の酒屋のお仕事は6回目でございますから。とくに何も言われないでしょう。だいたい、お客様は我々の提供する《夢》に対価を支払っているのですから。我々の外見や年齢など、気にする方はおられませんよ。」
ディアマンテは微笑む。確かに、仕事相手にいちいち、年齢や外見のことを言ってくる者はいない。見られるのはあくまでも「仕事」だ。
「我々はお客様に《価値》を提供する。そして対価をいただく。それだけのことでございますよ。」
ディアマンテは淡々と言った。
口元に柔らかな笑みを浮かべながらも、瞳は理知的で怜悧。そのバランスは、ダイヤモンドの輝きのようだった。
「そういえば、ディアマンテは色んな国の言葉が判るのかい。」
アレクシスは話題を変えた。彼の外見ではなく、内面のほうに。するとディアマンテの瞳がふっと、懐かしそうに揺らいだ。
「ええ――。昔、旅をしていましたから。」
「旅を?」
ごとり、と馬車が揺れた。
「はい。すでに淡くなってしまった記憶ですが――。私は昔、騎馬民族の王家の持ち物だったのです。」
馬車の外、遠くの空に目をやりながら、ディアマンテはつぶやくように言った。
「騎馬民族。昔に東方で権勢を誇っていたという?」
「東方の民族だったかは、今となってはもうわからないのですが。彼らは決まった定住地を持たず、移動式の家を馬で運び、季節ごとに住む場所を変えて暮らしているのです。その過程で様々な国の人々と話をしました。」
「その頃から、君はその――宝石少年の姿で?」
「そのあたりはもう、昔のことで記憶が曖昧なのですが、王族に所有されている間は、鋳造心臓と共に保管されていました。祭事のときにだけ、挿入され――人の形を取っていた事を覚えています。もう百年以上、前のことです。」
百年以上前。アレクシスにとって想像もつかない時間だった。
「そんなに昔から。人の姿をとっていたのか。いったいどういう経緯でヴァルミタール家に引き取られたんだ?」
「――盗賊に盗まれ、流れ流れてこちらに。」
王家から、盗賊、それから長い旅をして、今ここにいる。
そんな長い旅路を、ディアマンテは流れ流れてのひとことでさっぱりと済ませていた。百年の命の中では、王族に祀られることも、盗まれたり奪われたりすることも、ささいな出来事なのかもしれない。
「そうだったんだ……。鋳造心臓もそのときに一緒に?」
「ええ。ヴァルミタール家に初めてやってきた鋳造心臓は、私のものでした。」
「でも、鋳造心臓は3つあったよね。残り2つは?」
「曽祖父さまやお祖父様が少しずつ集められたのですよ。」
「じゃあ、はじめは鋳造心臓は1つしかなかったんだ。」
「そうです。わたくしの場合は、「宝石」と「祭具」という形で、対となって所有されていましたが、通常、人間は宝石にしか価値を感じませんから。鋳造心臓は集めるのが難しいのです。」
確かに、鋳造心臓自体は、それなりに美しい細工ではあるものの、金属の塊でしかない。石が外れていれば「壊れたアクセサリー」にしか見えない。宝石そのものよりも、捨てられたり――二束三文で売られたりしてしまう可能性は高い。
「曽祖父さまやお祖父様、頑張ったんだねぇ……。」
「ええ。古物を扱う市に行ったり、宝箱のようなものを箱ごと買い取って探したり。そしてやっと見つけたのが、今伝わっている2個なのですよ。」
「僕も探してみることにするよ。」
「若旦那様がですか?」
「残り2つあれば、皆、人間の姿になれるだろう?」
勢い込んで言うアレクシスを、ディアマンテは慈しむように見た。
「そうですね。」
瞳に優しい光が宿る。まだ幼さの残る坊っちゃん。だけれど良い主人たろうとしていることがわかったのだろう。
彼の父親が若かった頃も、不器用ながら、良いご主人様になろうとと努力していた。
不完全な存在である《人間》が持つ輝きを、ディアマンテはまぶしそうに見つめた。
「つきましたよ。」
ヨハンの声かけで、馬車を降りる。街の酒屋、ヴィーノ・ピーヴァ。店主の名前が冠されたド派手な店に到着した。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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