2-10話 猫の待つ人
足元を黒い影が駆け抜ける。
「おっと。」
宵の国の王弟付き高官は、思わず足を止めた。
猫だった。
一匹。
それを追いかけるように、
もう一匹。
見覚えのある顔ぶれである。
高官は苦笑した。
「今朝はここにいるのか。」
当然ながら、猫達は返事をしない。
しばらく辺りを見回したあと、
興味を失ったように去っていった。
隣にいた劍国高官もその姿を見送る。
「随分と、懐いていたようですな。」
「ええ。うちの甥が、よく餌をやっていたようです。」
頷いた王弟付き高官に、
劍国高官は小さく笑った。
「猫好きとは聞いております。」
「好きというより、好かれておりますな。」
そのまま何となく、
二人は中庭の一角へ目を向けた。
いつも誰かがしゃがんでいた場所だった。
今は誰もいない。
「帰国されたのでしたな。」
王弟付き高官は苦笑した。
「はい。我が家は静かになりました。」
誰に聞かせるでもない言葉だった。
その時、
中庭の向こうを女王の一行が横切った。
補佐官に、侍女。
近衛兵。
そして後ろには、
書簡を抱えた侍従の姿も見える。
女王は歩きながら、
手元の書簡へ目を落としていた。
補佐官が何かを説明する。
女王は短く返事をする。
そして。
「…………。」
遠目にも分かるほど、
大きく息を吐いた。
「あれは……。」
「ええ。」
劍国高官が目を細める。
「例の、です。」
王弟付き高官は苦笑した。
「噂通り、大変そうですな。」
見ると、女王は再び書簡を開いている。
「釣書がなかなか減らないようで。」
劍国高官が小さく息を吐いた。
「陛下は、お一人で働きすぎる方なので……なおさら、早く良いお相手を見つけていただきたいのですが。」
「なるほど。」
王弟付き高官は、
遠ざかっていく女王の一行を眺めていた。
「――そういえば、先ほどの甥御殿は。」
劍国高官が何気ない調子で尋ねる。
「今は宵の国に?」
「ええ、相変わらず政務に追われているようです。」
「ご縁のお話などは?」
「……Elliottのですか?」
「ええ、Elliott殿のです。」
王弟付き高官は僅かに首を傾げた。
「今のところ、聞いておりませんな。」
「そうですか。」
劍国高官はそれだけ言うと、
再び遠ざかる女王の背中へ目を向けた。
「……陛下は、どなたかを待っておられるのではないでしょうかね。」
「――おや。」
二人の足元を、再び猫が走り抜けた。




