越えられなかった国境
政務室へ戻ると、
既に数名の高官達が集まっていた。
Lunariaは席へ着いた。
先ほど、
小謁見室で行われた王宮監察官からの報告。
それが、その場の重い沈黙を生んでいた。
前に進み出た年嵩の政務高官が、
全員に向かって一礼した。
「現状を整理いたします。」
Lunariaは頷く。
高官は机上の書類へ目を落とした。
「発端は、継承儀式終了後に発覚した
失踪事件にございます。」
部屋が静まり返る。
「継承儀の際、
黎明国側より付き人として派遣されていた王族が、儀式終了後より行方不明となりました。」
「同時期に、その世話役を務めていた神官も
所在不明となっております」
高官は淡々と続ける。
「その三日後。
港湾部河口にて、
市民が身元不明の遺体を発見。」
「顔面は激しく損壊されておりました。」
王宮監察官が言葉を引き継ぐ。
「検視の結果、
死因は毒物による中毒死。」
「所持品や身体的特徴から、
失踪していた付き人役王族である可能性が高いと判断されました。」
Lunariaは、黙って耳を傾けていた。
「王族死亡が確認されたことを受け、
失踪中の神官への事情聴取が必要と判断。」
「王宮監察局による捜索が開始されました。」
再び、高官が言葉を継ぐ。
「その過程で、失踪した神官が、本来予定されていた世話役ではなかったことが判明しております。」
「儀式直前に手続きが変更され、
当該神官が付き添い役となっておりました。」
「――その神官が失踪した。」
Lunariaが確認する。
「はい。」
高官は頷いた。
王宮監察官が次の書類を開く。
「さらに神殿地下の調査により、
黎明国旧王政時代に使用されていた地下水路が、現在も通行可能な状態で残されていたことが判明いたしました。」
「神官はその水路を利用し、神殿外へ脱出したものと考えられております。」
「その後の追跡により、
本日早朝、
国境近くの宿屋にて神官を発見。」
「既に死亡しておりました。」
誰も口を開かない。
「死因は毒物。」
「宿屋主人の証言によれば、神官は
昨夜未明に宿に入ったらしく、
『あと一日』『迎えが来る』
と、うわ言のように繰り返していたとのことです。」
静寂が落ちる。
高官は書類を閉じた。
「以上が、
現時点で判明している事実にございます。」
「ありがとう。」
Lunariaは、小さく目を伏せた。
報告は終わった。
だが……
そこには、理由が書かれていない。
――なぜ王族は死んだのか。
――なぜ顔を潰されたのか。
――なぜ神官は逃亡したのか。
そして。
――誰を待っていたのか。
何一つ分かってはいなかった。
「一つ、確認したいのだけれど。」
Lunariaの声に、全員の視線が集まった。
「付き人役として来ていた王族は死亡。」
「はい。」
「失踪神官も死亡。」
「はい。」
「どちらも黎明国の人間。」
「その通りです。」
Lunariaは僅かに目を伏せた。
「儀式は無事に終了している。」
「ええ。」
「なら……」
静かな声だった。
「何が目的だったのかしら。」
誰も答えない。
答えられない。
「継承儀への介入?」
年嵩の高官が首を振る。
「結果だけを見れば失敗しております。」
「では王族の暗殺?」
「神官の単独犯行と断定するには、
不自然な点が残ります。」
「……そう。」
Lunariaは報告書へ視線を落とした。
「顔を潰した理由も分からない。」
「……既に身元は判明しております。」
王宮監察官が答える。
「持ち物も残されておりました。」
「なら……なぜ顔を潰したのかしら。」
誰も答えなかった。
報告書の文字が目に入る。
――あと一日。
――迎えが来る。
「死亡した宿は、国境近くなのね。」
監察官が答えた。
「黎明国へ向かう街道沿いにございます。」
窓の外で風が鳴った。
「……間に合わなかったのね。」
小さな呟きだった。
誰へ向けた言葉なのか。
自分でも分からない。
Lunariaは報告書へ視線を落とす。
神官は待っていた。
誰かを。
何かを。
助かると信じて。
だが。
その前に死んだ。
「……本件はここまでとします。」
Lunariaは報告書を閉じた。
誰も異を唱えなかった。
異を唱えるには、
残されたものが少なすぎた。
「神官の死因については、別件として引き続き調査を。関連資料は全て保管しておいて。」
「承知いたしました。」
事件は終わる。
少なくとも。
外交上は。




