月を見る猫
「……こんばんは。」
瞬間。
青年の動きが完全に止まった。
「……………」
Lunariaは、
小さく瞬きをする。
……聞こえなかったのかしら。
「こんばんは?」
もう一度、声を上げる。
夜風が、Lunariaの髪を揺らした。
少しの間。
それから、ようやく。
「…………こんばんは。」
かろうじて、
絞り出したような返事が返ってきた。
複雑そうな顔。
何か言いたげに口を開く。
閉じる。
また開く。
「……………」
それから、
何かを諦めたように、目を閉じて。
「……おやすみなさい。」
「待って!」
反射みたいに、
Lunariaは声を上げた。
立ち去ろうとした青年は、
思わずぴたりと止まった。
「……………」
夜風が吹く。
外套の裾が静かに揺れた。
「……えっと。」
Lunariaは、困ったように視線を逸らした。
自分でも、
うまく説明できなかった。
ただ。
落ち着かなくて。
「その……人を、探しに来たの。」
そうとだけ、言った。
青年の表情が、
固まる。
「――人?」
「ううん、人じゃ、ないかもしれないけど……」
そう、慌てて付け足した。
今度は、青年が言葉を失ったようだった。
Lunariaは、ゆっくり周囲を見回した。
それから。
すとん、
と。
さっきまで青年が座っていた石段へ、
そのまま腰を下ろした。
「……………」
彼は何も言わず、
ただ、黙って天を仰いでいた。
中庭の花が揺れている。
足元には、猫達が寝そべっている。
「……………」
間が持たなかった。
だから、なんとなく聞いてみた。
「猫、好きなの?」
「……はぁ。」
酷く疲れた返事だった。
「この子達、いつもここにいるの?」
「……多分。」
「いつも餌をあげてるでしょう?」
「なんで知ってるんですか……」
掠れたような青年の声。
Lunariaは指さした。
王宮の方。
「……本当にですか。」
意味を読み取り、
力無くその場にしゃがみ込んだ。
「だから、ここに来てるかと思って……」
「〜〜っ、誰がですか。」
青年は、頭をかかえている。
Lunariaは瞬いた。
「――言えない。」
「困ります。」
「それは、そうよね。」
ふふ、と思わず笑ってしまった。
けれど結局、
言葉にならなかった。
なんていえばいいのかわからなかった。
"彼"のことは――他の人にはわからない。
「……帰って下さい。」
「なんで?」
前のめりになると、
青年は、少し後ずさる。
「それは……その……」
「……?」
Lunariaは、
ますます不思議そうな顔になる。
「私、何か変なこと言った?」
「いえ。」
即答だった。
「ではなく。」
青年は一度目を閉じる。
それから。
「……何でここにいるんですか……」
顔を覆いながら、呟いていた。
「………………」
夜風がまた、中庭を抜けていった。
Lunariaの下ろしたままの髪を撫でてゆく。
黙って、その風を肌に受ける。
草の香りが心地よかった。
猫達は、
のんびり足元を歩き回っている。
……なんだか、時間の流れが緩やかに思える。
しゃがみ込んでいた青年が、
ちらっとこちらを見ていた。
視線が合った。
――切り取った夏空みたいな、澄んだ青色。
「――――きれい。」
その時。
不意に、中庭の空気が、
変わった。
猫達が、
ぴたりと動きを止める。
「――――」




