落ちてきた月光
……今日一日、
生きた心地がしなかった。
中庭へ出た瞬間、
Elliottは深く息を吐く。
夜風が、
火照った頭をゆっくり冷やしていった。
王宮の灯は、
少しずつ落ち始めている。
静かな夜だった。
その静けさだけが、
今は少しありがたかった。
「……はぁー。」
石畳へしゃがみ込み、
大きくため息をつく。
猫達が、
慣れた様子で足元へ集まってきた。
「喧嘩しないでくださいね。」
小さな皿へ餌を分けていく。
疲れ果てた声だった。
そういえば、
このところ、
ほとんど寝ていなかったかもしれない。
ただでさえ、近頃は考えることが多すぎた。
そこにあの、王宮のおかしな空気。
……疲れて当たり前か。
猫へ餌を置きながら、
Elliottのまぶたは重たかった。
眠い。
限界を感じながら、ふと思い巡らせる。
……昔も、こんな日があった気がする。
連れ回されて。
振り回されて。
周りが勝手に勘違いして。
必死に否定しているのに、
その姿を、泣くほど大笑いしていた銀色の人がいた。
揶揄うように、楽しそうに。
思い出し、懐かしさが込み上げた。
「……やっぱり、あなたの妹君ですね。」
ぽつりと、
そう零す。
誰に言ったのか。
猫だけが、
不思議そうにElliottを見上げていた。
――『お前、いつ来んの?』
数ヶ月前、Elliottは港町でそう言われた。
まさか、そのすぐその後に来ることになるとは思いもしなかった。
「いや、だって――」
ふと、
袖口に目を向ける。
腕を動かすたびに、浅い痛みが残っていた。
もう一つ、脚にも。
どちらも服で隠れて見えない場所だ。
「…………」
……あの人も、よく怪我を隠していた。
どこで負ったのかは――言えない。
「こんなので、
どうやって近づけって言うんですか……」
月を見ながら、Elliottは小さくつぶやいた。
きっと帰れなくなってしまう。
「ねえ?」
にゃあ。
変わらない猫達の様子に、
ふ、と笑みが溢れた。
「俺もさすがに、今日は寝ます……」
疲れたように呟き、
立ち上がった。
その時だった。
猫達の気配に混ざって
駆けてくる、軽やかな足音。
石畳の向こう側から、かすかな衣擦れが聞こえた。
夜気の中で、
僅かに乱れた呼吸。
立ち止まる。
小さく、息を整えてから。
「……こんばんは。」
鈴の音のような、声が落ちた。
「え?」
Elliottは、
ゆっくり振り返った。
外套の隙間から、淡い薄布が揺れている。
月を映したような、長い灰銀の髪。
濃紫の瞳。
急いで駆けてきたのだろう。
頬をうっすらと上気させたまま、
彼女はそこに立っていた。
「…………は??」
次の瞬間。
息が、止まった。
――月光が、落ちてきたのかと思った。




