西棟に向かう月
淡い湯気が、
静かに浴室へ満ちていた。
白い石床へ、
湯が柔らかく波打っている。
侍女達は、
静かな手つきで夜支度を進めていた。
灯りを落とし、
夜着を整え、
髪を拭くための布が準備される。
いつもの夜だった。
けれど。
「……………」
いない。
湯の中で、
Lunariaは小さく息を吐く。
落ち着かない。
肩まで湯へ沈み込み、
そのまま、
ぶくぶくと息を吐いた。
白い泡が、
静かに湯面へ浮かび上がる。
「……………」
今日もまた、“彼”がいない。
西側の窓を見る。
…無意識だった。
「湯加減はいかがですか。」
「……大丈夫。」
小さく答える。
けれどその視線は、
再び窓へ戻っていた。
侍女達が、
そっと顔を見合わせる。
最近。
夜になると、
Lunariaはよくあちらの窓を見る。
王宮内の噂を、
侍女達が知らないわけではない。
「……………」
年嵩の侍女は口を閉ざす。
何も言わない方が良い。
そういう空気だった。
湯から上がった後も、
Lunariaはどこか上の空だった。
長い灰銀の髪を拭かれながら、
ぼんやり窓を見る。
まだ、
灯が見えていた。
西棟。
「……………」
胸の奥が、
妙にざわつく。
何かが足りない。
……Yuleがいない。
月光を溶かしたような夜着へ、袖を通した。
淡い薄布が、
音もなく肩を滑った。
「本日は、
もうお休みになられますか。」
「……そうするわ。」
どこか気の逸れたような返事に、
皆が様子を窺っているようだった。
最後の灯りが整えられ、
侍女達が静かに一礼する。
「おやすみなさいませ。」
扉が閉まる直前。
若い侍女が、
ちらりと西棟側へ視線を向けた。
「……………」
その頬は、
僅かに赤かった。
年嵩の侍女が、そっとその袖を引く。
扉が閉まると、足音は
ゆっくり回廊の向こうへ遠ざかっていった。
「……………」
Lunariaは息を潜めた。
気配が消えるなり外套を掴み、
夜着の上から乱暴に羽織る。
靴も履き替える。
髪は、
そのままだった。
振り返り、もう一度だけ西棟の灯を見る。
そして――
気づけば、足が動いていた。
Lunariaは部屋を飛び出していた。




