始まり
小謁見室の扉が静かに閉じられ、
Lunariaは最後の使節団を見送った。
長く続いていた足音も、
衣擦れも、
ようやく遠ざかっていく。
室内には、
まだ灯火が残っている。
磨き上げられた床。
高い天井。
夕刻の光を吸い込んだ、薄青い硝子。
その中央で。
Lunariaは、
しばらく動けなかった。
「――以上にございます。」
側近官僚の声が響く。
Lunariaは、
ゆっくり頷いた。
「ご苦労様。」
声は穏やかだった。
官僚達も、何も言わない。
――言えない。
兄王を喪ってなお。
若い王女がこの場へ立ち、
各国の視線を受け止め続けていたことを彼らは知っている。
「晩餐会まで、
一刻ほどございます。」
「……侍女を呼んで。」
Lunariaの声は小さかった。
「衣装室へ向かいます。」
「承知いたしました。」
官僚達が一礼する。
その中の一人が、
一瞬だけ迷うように目を伏せた。
だが結局、
何も言わなかった。
Lunariaが立たなければならないことを、
ここにいる全員が知っている。
やがて、辺りから人の気配が消えた。
「……」
静かだった。
あまりにも。
Lunariaは、
数歩だけ歩く。
そして。
近くの小机へ、
そっと手をついた。
……重い。
身体が、
ひどく重かった。
肩も。
腕も。
指先すら、
感覚が曖昧だ。
机へ触れているはずなのに、
その感触が遠い。
暑いのか、
寒いのかもわからない。
ただ。
重い。
何か大きなものが、
じわじわと近づいてくる。
そんな圧力が身体へ沈んでくる。
押し潰される、
とは違う。
もっと。
世界そのものが、
どこか一つの場所へ収束していくような。
そんな重さだった。
Lunariaは、目を伏せた。
――――ざわり。
「――――」
一瞬。
得体の知れない感覚が、
Lunariaの背中を撫でた。
……わからない。
それが、何なのか。
ただ最近。
時折こうして。
何かが忍び寄ってくるような感覚が、
肌に残る。
Lunariaは息を吐いた。
「……疲れもするわよ。」
小さく呟く。
誰へ向けた言葉でもない。
けれど、ほんの僅か。
兄へ向けたような響きが残った。
やがて、控えめなノックの音が、
小謁見室へ響く。
「姫様……?」
若侍女の声だった。
「入って。」
重い扉が開く。
小机へ手をついたまま、
Lunariaは動けなかった。
「姫様。」
声を上げ、若侍女が慌てて駆け寄ってくる。
「……大丈夫。」
掠れた声が、
静かな空間へ落ちた。
「もう……
驚かさないでください。」
若侍女が、ほっとしたように息をついた。
だが、年嵩侍女だけは
黙ったままだった。
年嵩侍女は何も聞かない。
休めとも、
無理をするなとも。
兄を失った日ですら。
言わなかった。
王女が立たねばならないことを、
誰よりも知っている。
だから。
そっとLunariaに近づき、
乱れた髪へ優しく触れる。
「……お支度をいたしましょう、姫様。」
慰めでもなく。
命令でもない。
ただ、
いつものように。
Lunariaは、
ゆっくり目を閉じた。
重い。
身体も。
呼吸も。
何もかもが、
妙に遠かった。
それでも。
「……ええ。」
かろうじて。
そう、答えられた。




