宵と黎明
「黎明国使節団、入室いたします。」
扉脇の官僚が、
口を開いた。
小謁見室の空気が僅かに張った。
Lunariaは、
正面の席からゆっくりと視線を上げた。
扉が開かれ、数名の人影が入室する。
--黎明国。
劍国の東側にある、隣国。
神話の時代以前から、信仰を共にする国だった。
過度に華美ではない。
だが、室内へ入った瞬間、
まるで朝の光が差し込んだような印象があった。
白を基調とした礼装。
淡い金糸の刺繍。
磨かれた装飾具が、
灯りを柔らかく反射している。
洗練されていた。
それは武威ではなく、
文明と豊かさを感じさせる華やかさだった。
先頭を歩く男が、
室内中央で足を止める。
歳は四十代半ばほど。
柔らかな物腰だった。
だがその目は、
抜け目なく周囲を捉えていた。
「此度の御戴冠、
黎明国を代表し、
祝意を申し上げます。」
一礼。
滑らかな声音だった。
外交用に磨かれた、
隙のない声。
Lunariaもまた、
頷く。
「遠路の来訪、
感謝いたします。」
小謁見室には、
衣擦れだけが響いていた。
男は穏やかに微笑む。
「前劍国王陛下の治世は、
長き安定の時代でございました。」
前、劍国王。
その言葉に、
室内の空気がほんの僅かに沈んだ。
Lunariaは表情を変えなかった。
……比べられている。
「兄も、
貴国との関係を大切にしておりました。」
「ええ。
我が黎明国もまた、
そう考えております。」
穏やかな会話だった。
だが、形式通りの祝辞の中に滲む。
--視線。
古代から続く王朝。
世界最古の国。
そこに、
若き女王が
本当に立てるのか。
〈劍の国・ヨル〉が、
揺らがず在り続けるのか。
それを。
Lunariaの一挙一動から読み取ろうと、
黎明国は見ている。
謁見の間中、Lunariaは気が抜けなかった。
やがて、
黎明国使節団が退出する。
扉が閉じたあと、
Lunariaは、小さく息を吐いた。
……疲れた。
だが、
休む間もなく、再び声が上がった。
「宵の国王弟殿下、
並びに宵の国使節団、入室いたします。」
次に入室してきた一団は、
先ほどとはまるで違う空気を纏っていた。
深い藍と灰青。
光を落とし始めた空のような、
落ち着いた色彩。
装飾は少なく、だが簡素ではない。
磨かれた礼装は、
“宵の空”そのもののようだった。
並ぶ者は皆、
劍国の者よりも頭ひとつ分高かった。
先頭を歩く男が、
室内中央で足を止めた。
宵の国王弟殿下--
既に老境へ差しかかっているはずだった。
だが、
その背筋は少しも揺らがない。
立ち姿には、長い年月を国家と共に立ち続けてきた者だけが持つ揺るぎない重みがあった。
「劍国王女殿下、お懐かしゅうございます。」
無駄のない所作でLunariaに一礼する。
幼い頃に、兄の傍らで見かけた姿だった。
「……遠路お越しくださり、ありがとうございます。」
わずかに目を伏せる。
父が王であった頃から、馴染みのある声だった。
王弟の半歩後ろには、
宵の国・王弟子息が控えていた。
深い藍の礼装は、
装飾こそ控えめだったが、
その立ち姿だけで十分に人目を引く。
柔らかな微笑み。
春の日差しのような、
穏やかな空気を纏っていた。
張り詰めていた空気が、
ほんの少しだけ和らいだ気がした。
王弟に名を呼ばれ、
王弟子息は一歩前へ出た。
彼はLunariaへ向け、優雅に礼をとった。
……そう言えば。
以前、縁談候補として名前が挙がっていたかもしれない。
ふと、
そんなことを思い出した。
王弟子息は、
再び王弟の後ろへ控える。
その更に後ろには、
宵の国の随員達が控えていた。
「此度の御戴冠、
宵の国より祝意を申し上げます。」
「ご祝意、心より嬉しく思います。」
先ほどの黎明国との会談より、
呼吸がしやすい。
そんな感覚があった。
王弟は顔を上げる。
その目にあったのは、
探るような色ではなかった。
案じるような眼差しと、ほんの僅かな安堵。
「……お変わりなく、
何よりです。」
その言葉は、
少しだけ形式を外れていた。
兄が生きていた頃から、
幾度もこの小謁見室を訪れていたのだろう。
Lunariaの肩から、
ほんの少しだけ力が抜ける。
王弟はそれ以上、
兄王の名を出さなかった。
比較もしない。
試しもしない。
ただ、
若き王女が今ここへ座っていることを、
穏やかに受け止めていた。




