境界を走る馬車
馬車は、
劍国へ向けて静かに街道を進んでいた。
窓の外では、
冬の名残を残した景色が、
ゆっくりと流れていく。
枯れ草の間には、
ところどころ若草が芽吹き始めていた。
春は、
もうすぐそこまで来ている。
青年の向かいには、
長兄付きの侍従が座っていた。
「王弟殿下は、
昨夜のうちに無事到着されたようです。」
「待たせてしまって、
すみませんでした。」
「いつものことです。」
侍従は苦笑する。
「殿下が最後まで確認なさるのも、
昔から変わりませんから。」
青年は、
小さく息を吐いた。
「万一にも失礼があっては困ります。」
「長兄殿下も、
同じことを仰っておられました。」
馬車が、
小さく揺れる。
劍国・ヨル。
この度、新たに女王が立つ。
青年にとっては二ヶ月ぶりの来訪だった。
前回は、先王の葬儀へ列席するために。
劍国の獅子王。
各国からそう称えられていた王の急な訃報は、劍国のみならず、大陸中を揺るがせた。
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「……継承の儀は。」
ふいに、青年の口からこぼれ落ちた。
「継承の儀は、
本来、男性王族のみで行われるものだとか。」
青年の言葉に、侍従は静かに頷く。
「はい。少なくとも、
宵の国に伝わる記録では、そのように。」
「……」
侍従も目を伏せた。
継承の儀。
戴冠式。
今回、この二つの儀式を、
新たな女王は同時に行わなければならない。
劍国には、王権維持のために重要な祭祀があった。
それが――《剣》によるヨルの継承。
劍国創立以来、
男性王族によってのみ継承し続けてきた《ヨル》。
先王の死によって、劍国王族の男子は途絶えた。
残る直系の王族は、先王の妹である王女殿下のみ。
二千年の歴史を誇る、世界最古の王朝、ヨル。
神話の時代に神とされていたヨルを、劍国の王達は繋ぎ続けている。
そして、それは世界の均衡を保つとも言われている。
「……継承、とは何を繋ぐのでしょうか。」
「さぁ……。我々が『ヨル』と呼んでいる何か、としか捉えようがありません。」
「繋げるものなのでしょうか。」
男性王族ではなく。
女性である、王女殿下へ。
――それを、
大陸中が注目している。
「先王陛下がお亡くなりになって以降、
誰も答えを持ってはおりませんね。」
神殿も。
王家も。
「皆、見守るしかないのでしょう。」
青年は、
何も答えなかった。
静かに流れる景色だけを見つめている。
しばらくして。
侍従が、
ふと思い出したように口を開いた。
「そう言えば、あの時はお会いされたのですか?」
青年の視線が、
ほんの僅かに止まる。
「いえ……預かり物を、届けただけです。
あの時は大変そうでしたので。」
「わざわざご自分で行かれたのにですか。」
「……頼まれてたので。」
そう答えた。
侍従も、
それ以上は何も聞かなかった。
馬車は静かに、
街道を進み続ける。
規則正しい車輪の音だけが、
穏やかな春の空気へ溶けていった。
やがて。
外から、
御者の声が届く。
「――もうすぐ国境です。」
青年は、
ゆっくりと窓の外へ視線を向けた。




