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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
一部:第一章『継承』

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身支度、そして。

――朝。


薄い光が、

静かに部屋へ差し込んでいる。


侍女達はいつものように、

Lunariaの自室へ入った。


そして。


「……姫様。」


年嵩の侍女が、

思わず小さく呟く。


Lunariaは、

既に身支度を終えていた。


淡い灰銀の髪は、

綺麗に結い上げられている。


衣服にも、

乱れはない。


濃紫の瞳だけが、

少し静かだった。


「おはよう。」


Lunariaは、

何事もなかったみたいに微笑む。


若い侍女が、

ぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「え、あの……

もうお支度……」


「終わったわ。」


さらり、と返される。


「……」


部屋へ、

一瞬だけ静かな空気が落ちた。


兄王が亡くなってから、

こんな朝は初めてだった。


ここしばらくは、

泥のように重い身体を無理やり起こし、

引きずるようにして政務に向かっていたのだから。


侍女達が、不安そうに顔を見合わせた。


だが。


その背後。


机の上だけは、

相変わらず酷い有様だった。


積み上がった書類。


散らばった紙束。


冷えた茶。


昨夜のまま放置された羊皮紙。


若い侍女が、

そろそろと机へ近づく。


「こちら、お片付けを……」


「だめ。」


ぴたり、と。


侍女の手が止まる。


Lunariaは、

机の方を見たまま。


「絶対。」


静かな声だった。


けれど。


妙に有無を言わせない響きがある。


「……」


若い侍女が、

困ったように年嵩の侍女を見る。


その視線の先。


乱雑な机の上へ、

兄王の手紙が置かれていた。


年嵩の侍女は、

静かに目を伏せる。


「……承知いたしました。」


その声だけが、

やけに優しかった。



自室を出る頃には、

王宮は既に慌ただしかった。


開かれる扉。

行き交う侍従。

低く交わされる声と、遠くで鳴る靴音。


戴冠式まで、

あと二日。


各国からの来賓が、

次々と王宮へ到着している。


Lunariaは何も言わず、

静かに廊下を歩いた。


後ろを、

年嵩の侍女と若侍女が続く。


「宵の国の使節団、

予定より早く到着されたそうです。」


若侍女の声は、

いつもより少し硬い。


「黎明国も既に王宮入りを。」


年嵩の侍女が、

静かに言葉を継いだ。


「宵の国王弟殿下も、

昨夜遅くに到着されております。」


Lunariaは、

小さく頷くだけだった。


窓から差し込む朝の光が、

長い廊下へ静かに伸びている。


けれど王宮の空気は、

既に張り詰めていた。


誰もが知っている。


今回の戴冠式は、

ただの継承ではない。


兄王亡き後。


〈劍の国・ヨル〉が、

本当に立ち続けるのか。


世界中が、

それを見に来ている。


執務室前で、

Lunariaが足を止める。


重厚な扉。


その前で、

侍女達もぴたりと止まった。


一歩も越えない。


年嵩の侍女が、

静かに頭を下げる。


「本日の予定は、

既に政務室へ届いております。」


若侍女も続いて頭を下げた。


「いってらっしゃいませ、姫様。」


Lunariaは短く頷く。


扉が開いた。


部屋の中の空気は、

先ほどまでとは全く違う温度に感じた。



紙の擦れる音。

羽ペンの先が走る。

控えめな靴音。


それだけが、

広い室内へ淡く響いている。


整然と並ぶ書類。


広い政務机。


その配置も角度も、

全てが寸分の乱れもなく整えられていた。


同じ王宮の中にありながら、

そこはもうLunariaの生活の空間ではなかった。


国家のための部屋だった。


室内にいた官僚達が、

一斉に頭を下げる。


「殿下。」


Lunariaはそのまま机へ向かった。


椅子の前で、

ほんの一瞬だけ視線を落とす。


兄が使っていた席。


けれど次の瞬間には、

もう何も言わず腰を下ろす。


若い官僚が一歩前へ出た。


「本日の予定をご報告いたします。」


滑らかな声。


淀みはない。


「午前より黎明国使節団と謁見。

続いて、宵の国王弟殿下との謁見。

その後に西方諸国代表との会談となります。」


別の文官が、

静かに書類を差し出す。


「こちら、晩餐会席次案、

並びに返答草案でございます。」


Lunariaは文書へ目を落とした。


次々と回されてくる書簡。


整った文字。数字。図案。


完璧だった。


書類に置かれた文字ですら。


だからこそ――少しも隙を見せられない。


王宮全体が、そういう空気だった。


兄は、こんな仕事を毎日…。


少し、疲れを感じ始めたその時。


――ざわり。


微かな違和感が、

背筋を撫でた。


Lunariaの指先が、

ほんの僅かに止まる。


けれど誰も気づかない。


「…………。」


窓の外では、

神殿の鐘が鳴っていた。






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