忍び寄る足音
あれから、
何日経ったのか。
もう、
分からなくなっていた。
夜が来るたび、
男は壁へ傷を刻む。
そうしなければ。
約束の日を、
逃してしまいそうだった。
崩れかけた地下礼拝堂の奥で、
ゆっくり顔を上げる。
燭台の灯りが、
隙間風に揺れていた。
地下水の音。
冷えた石床。
狭い待機室には、
簡易寝台と水瓶だけが残されている。
ここ数日、
誰ともまともに話していない。
地上の時間も、
曖昧だった。
男は、定まらない視線で壁を見つめた。
薄暗い石壁。
そこへ刻まれた傷は、
今日で十になる。
約束の日まで、
あと少し。
重い身体を壁へ預け、
それでも指折り数えている。
頬は痩せこけ、
髭も伸びている。
神官服は泥と地下水で汚れ、
袖口は擦り切れていた。
地下へ潜ってから、
まともに眠れていない。
それでも。
その目だけは、
異様なほど鋭かった。
落ち窪んだ眼窩の奥で、
ぎらつくような光だけが消えていない。
生きなければならない。
黎明へ辿り着かなければ。
その執着だけが、
男を立たせ続けていた。
「……………」
乾いた唇を、
ゆっくり噛む。
黎明へ戻れば。
きっと、
全ては正される。
あの方々は、
まだ夜を忘れてはいない。
あれは、
閉ざされていいものではない。
劍国は、
夜を王座へ繋ぎ止めすぎた。
だから、
歪み始めたのだ。
男は、
そう信じていた。
信じていなければ。
ここまで来た意味が、
分からなくなってしまう。
ただ。
時折。
遠くで、
物音がした。
水音とは違う。
誰かが、
近づいている。
その気配だけが、
じわじわと恐怖を膨らませていく。
重い身体を引きずるように立ち上がった。
もう、
長くはいられない。
震える指で、
外套を掴む。
灯りが、揺れた。
小教会へ出るしかない。
今夜のうちに、
移動しなければ。




