空席の主
晩餐会場には、
柔らかな楽の音が流れていた。
昨夜の黎明との晩餐会とは違う。
空気そのものが、
少し軽い。
宵の国側の人間達は、
必要以上に声を張らない。
自然に笑い、
自然に会話を繋いでいく。
それは、
どこか市井の空気にも似ていた。
「本日は、
このような席を設けていただき
感謝いたします。」
宵の国代表の王弟付きの高官が、
穏やかに杯を掲げる。
「こちらこそ。
此度は、
我が国へのご助力に感謝しております。」
Lunariaも、丁寧に応じた。
優しげに揺れる灯り。
静かな楽の音。
昨夜より、
ずっと息がしやすい。
けれど。
時折。
空気が、
わずかに沈む――
誰かが、
無意識に呼吸を止める。
杯を置く音だけが、
やけに鮮明に響いた。
――王宮に漂う、夜の気配。
宵の国側の人間達は、
それを恐れてはいなかった。
ただ。
“いる”。
それだけを、感じ取っているようだった。
Lunariaは、
ゆっくり目を伏せる。
夜は、今夜もすぐ近くにいる。
「…………」
Lunariaは、
無意識に視線を巡らせた。
談笑する人影。
杯を交わす高官達の中に。
――いない。
昨夜、
雨の庭にいた青年の姿が見当たらない。
中央寄りに、
一席だけ空いた席があることへ気づき、
ふと目を止めた。
「あの席は?」
「ああ、申し訳ございません。
Elliottは、地下側確認へ入っておりまして…」
Lunariaの視線に気づき、
王弟付きの高官は小さく苦笑した。
「放っておくと、
ずっと調べていますから。」
周囲が、わずかに笑う。
Lunariaは、
静かにその席を見た。
王弟子息三男殿下。
政務室に書簡を届けてくれた、
金髪の彼の姿が脳裏に浮かぶ。
宵の国が引き受けてくれた
ほとんどの書類に、
彼のサインが残っていた。
地下側確認。
……もしかしたら。
「王宮監察官の補佐も……?」
「ええ。継承儀では、我が国からの付き添い人を務めさせていただきましたから……参考人として。」
「そうだったのですか。」
先程、王宮監察官に出した指示。
それが原因で、
来れなくなったのかも知れなかった。
「……Elliott様には、
お世話になっております。」
申し訳なく思いながら、
Lunariaは言葉を返した。
「いえ、どうも、
あの子は昔からああいう性分でして。」
高官が、
どこか困ったように続ける。
「一度気になったことは、
最後まで確認しないと気が済まないのですよ。」
再び、小さな笑いが零れた。
「多くを引き受けていただき、
感謝しております。」
そう微笑みながら、言葉を返した。
けれど――
ほんの少しだけがっかりしている自分もいた。
違った……。
あの、昨日の雨の庭にいた彼とは。
他に、空いている席はない。
――ここに来る立場の人ではないのね。
そう、Lunariaは思った。
その時だった。
ふっと。
空気が、
静まり返る。
楽の音だけが、
遠く聞こえた。
「………………」
皆が一斉に、口を閉ざした。
会場に落ちる、夜の気配。
王弟付き高官が、
ゆっくりLunariaを見る。
「……陛下は、
夜を恐れておられないのですね。」
穏やかな声だった。
「――兄の側にも、いたようなのです。」
Lunariaは言葉を選び、
そう答えた。
「幼い頃からずっと。」
揺れる燭台の向こう。
Lunariaの視線が、
僅かに遠くを見る。
王弟付き高官は、そっと目を伏せた。
まるで、何かを理解したように。
その日の晩餐は、
夜の訪れと共に、
穏やかなまま終わりを迎えた。




