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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
第二章《波紋》

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西棟の猫

雨はまだ、降り続いていた。


「…………」


雨音に目を覚ましたLunariaは、

ぼんやりと天井を見つめていた。


胸の奥へ、

まだ少し熱が残っている。


酒の匂い。


笑い声。


揺れる灯り。


子供達の声。


空みたいに、

澄んだ眼差し。


あまりにも鮮明な、

夢の余韻。


……わたし、

酒場なんて行ったことないわよ。


Lunariaは、

薄く息を吐く。


時計は、まだ深夜を指していた。


雨音だけが、

絶えず窓を叩いている。


「もしかして、

あなたの夢?」


小さく呟きながら身体を起こした。


部屋全体を見渡す。


「……いないの?」


Yule。


いつもなら、

気づけばそこに“いる”。


けれど今夜は。


“彼”の気配が、

どこにもなかった。


胸の奥が、

ざわざわと落ち着かない。


まるで。


暗い場所へ、

一人置いていかれたみたいだった。


Lunariaは窓の方を見た。


暗い雨の向こう。


西棟の一室だけ、

まだ灯りが残っていた。


ふと、

若い侍女がしていた話を思い出す。


――西棟にでる、黒い幽霊。


警備兵達の、

半ば冗談みたいな噂話。


Lunariaは、

僅かに眉を寄せる。


――Yuleだ。


思った途端、もう寝台を飛び降りていた。


夜着の上へ、

外套を引っ掛ける。


外では、雨が降り続いている。


それでも。


躊躇う理由には、

ならなかった。


まるで母を探しに行く子供のように。


Lunariaは、

部屋を飛び出していた。



雨に濡れた回廊は、

夜の匂いがした。


壁灯だけが、

細く石床を照らしている。


Lunariaは、

音を立てないようそっと足を運ぶ。


巡回の警備兵達を、

無意識に避けながら。


角を曲がる度。


遠くに見えていた西棟の灯りが、

少しずつ近づいていく。


それを見失わないように。


Lunariaは静かな王宮を進んでいく。


空は暗く、細い月明かりは、

ほとんど役に立たない。


聞こえるのは、

雨音ばかりだった。


やがて、

回廊は中庭へ面した外通路へ繋がった。


吹き込んだ雨風に、

Lunariaは僅かに肩を竦めた。


身体が冷えている。


「……寒……」


零れた声は、

雨音へ消える。


外套の裾は、

既にかなり濡れていた。


それでも。


足は止まらない。


濡れた石段を降りる。


雨に煙る庭の向こう。


西棟が、

静かに灯りを滲ませていた。


だが、その瞬間。


最後まで残っていた灯りが、

ふっと消える。


「……え。」


Lunariaは思わず立ち止まった。


どうしよう。


どこへ向かえばいいのか、

見当がつかない。


そこに、Yuleがいるはずなのに……。


戸惑っていると、微かに気配が動いた。


西棟側の庭木の向こう側。


誰かが、

外へ出て来る。


ぼんやりと浮かび上がった姿に、

Lunariaは目を細めた。


黒い外套を羽織った男性だった。


フードを目深に被っているけれど、

あの方は確か。


――宵の国の随員だ。


何度か、王宮で見かけた気がする。


そう思った、矢先。


Lunariaの脇を、

黒い影が駆け抜ける。


「……っ。」


猫だった。


驚く間もなく。


もう一匹。


さらにもう一匹。


庭の暗がりから現れた猫達が、

真っ直ぐその人物へ集まっていく。


雨の中だというのに、

慣れた様子で、青年の足元へ擦り寄っていた。


しゃがみ込んだ彼が、

猫達に小さく何かを差し出した。


その背後。


雨の中へ滲む、黒い気配。


Lunariaは、

小さく息を呑んだ。


Yuleだ。


いつの間にか人の形を取った"彼"が、

静かにその後ろへ立っている。


随員の青年は、

まるで気づいていない。


当然みたいに、猫へ小皿を配っている。


「……もしかして、餌やってる……?」


そして、

その様子をじっと見つめるように

佇んでいるYule。


あまりにも、

幽霊らしくない光景だった。


思わず、Lunariaは笑いそうになった。


深夜。

黒い幽霊に見つめられながら、

雨の夜中に、猫達に餌をやる宵の国の青年。


……変わった方なのね。


そんなことを思いながら。


Lunariaは、

なぜか、その光景から目が離せなかった。

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