雨音
黎明国との晩餐を終えたLunariaは、
そのまま私室へ戻っていた。
事件発覚を受け、
黎明が滞在を延期して以降、
初めて開かれた正式晩餐。
表向きは、両国関係が維持されていることを
示すための席だった。
けれど。
卓に並ぶ料理へ、
ほとんど手を付ける者はいない。
交わされるのも、
当たり障りのない外交辞令ばかりだった。
「東館に不便はございませんか。」
「お気遣い、痛み入ります。」
「調査の進捗は。」
「監察局と神殿側双方で、
現在確認を進めております。」
囁くような声に、揺れる灯り。
雨音。
耳へ届くのは、そればかりだった。
誰も核心へは触れない。
ただ一つ――
地下水路から見つかった、
黎明旧王統時代の痕跡についてだけは、
慎重に言葉が交わされていた。
かつて。
黎明旧王統と、
神殿側の一部が用いていたとされる、
極秘の伝達経路。
既に失われたはずのものだった。
その話題になる度に。
黎明側の人間達が、
僅かに視線を逸らす。
あるいは場を和らげるように、
別の話題へ流そうとする。
Lunariaは、
その様子が気にかかっていた。
「……空気、すごかったですもんねぇ」
若い侍女が、
髪を梳かしながら小さく呟いた。
Lunariaは、
鏡越しにぼんやりと外を見る。
濡れた窓の向こうでは、
外の灯りが滲んで見えた。
年嵩の侍女が、
苦笑混じりに頷く。
「給仕の子達も、
皆かなり緊張していたようですよ。」
「途中、
お皿落としそうになってましたよね。」
「これっ。」
すぐに窘められる。
けれど、否定出来る者はいなかった。
今夜の黎明国との晩餐は、
確かに楽しいものではなかった。
Lunariaは、
小さく目を伏せる。
不意に。
胸の奥が、ざわりと揺れた。
――Yule。
そこにいるはずの気配が、
今夜は妙に遠い。
いつもなら。
気づけば、
そこに“いる”。
なのに――
気配を探って、Lunariaは
ゆっくり窓の外を見た。
暗い雨の向こう。
西棟の一室だけ、
まだ灯りが残っていた。
胸の奥が、
妙にざわつく。
理由は分からない。
ただ、誘われるように視線だけが、
そこへ引かれていく。
「……姫様?」
若い侍女が、
不思議そうに声を掛ける。
Lunariaは、
ゆっくり瞬きをした。
「……もういいわ。
今日は下がって。」
侍女達が、
小さく頭を下げる。
「おやすみなさいませ。」
扉が閉まる瞬間、
若い侍女だけがもう一度こちらを見た。
Lunariaは、窓の外に目を向ける。
部屋へ残ったのは、雨音だけだった。




