女王の部屋の幽霊
壁際に置かれた灯火が揺れていた。
深夜の見回り。
静まり返った王宮内を
巡回中の警備兵が二人並んで歩いていた。
「……最近、
西棟の噂、
妙に増えましたね」
若い警備兵が、
小声で呟く。
年嵩の警備兵は、
露骨に顔をしかめた。
「勤務中だ。
余計な話をするな。」
「しかし――」
言いかけたとたん。
ざわり、と。
回廊の奥で、
何かが揺れた。
白い石壁へ、
じわじわと夜が滲むように。
黒い影が、
静かにこちらへ近づいてくる。
長い衣。
流れるような黒。
人影にも見える。
けれど、輪郭はどこか曖昧だった。
「……誰だ。」
低い声が飛ぶ。
年嵩の警備兵が、
剣へ手を掛ける。
返答はない。
それは音もなく回廊の奥へ進んでいく。
あちらには、女王陛下の私室がある。
追いながら、
冷たい汗が警備兵達の背を伝う。
喉が、
妙に渇く。
剣を抜くべきだ。
制止するべきだ。
頭では理解している。
けれど。
本能のような何かが、
それを拒んでいた。
あれは――人ではない。
そう理解した瞬間、
言葉に出来ない畏怖だけが、
静かに全身へ広がっていく。
黒い影は、
ぴたりと
女王の部屋の前で止まった。
閉じた扉。
鍵も掛かっている。
だが――
異形の気配が、ざわりと揺れる。
「――っ」
若い警備兵は、無意識に息を止めた。
まるで、
夜そのものが形を成したかのように
集まり、そして。
瞬間。
す、と
そのまま扉の向こうへ消えた。
警備兵達は、
しばらく動けなかった。
閉じた扉の向こうから、
小さな話し声が聞こえてくる。
若い女王の声だった。
穏やかで。
どこか楽しそうな。
誰かへ語りかけるような声。
部屋からは、
争う気配も異変も感じ取れなかった。
年嵩の警備兵が、
ゆっくりと息を吐いた。
「……危険はない。」
誰へ言うでもなく、
低く呟く。
「巡回を続けるぞ。」
「っ、しかし…!」
若い警備兵は、
もう一度だけ扉を見る。
静かなままだった。
異変は、何もない。
だが。
背中へ張り付いた冷たい感覚が消えない。
「……大丈夫だ。あれは、昔から時折いる。」
年嵩の警備兵は、
当たり前のようにそう口にした。
昔から、時折いる…?
――あんなものが?
「行くぞ。」
「……っ、待ってください!」
そのまま巡回を続けようとする年嵩の警備兵を、慌てて追いかける。
女王の笑い声だけが、
微かに回廊へ漏れてくる。
だが、若い警備兵はもう振り返れなかった。




