祭殿調査
あともう少しで、日が落ちる。
空が夕闇に染まる頃。
王宮監察官に呼び出されたElliottは、
劍国神殿の奥へ通されていた。
用向きは、継承儀への侵入経路確認のため。
王宮側監察官達は、
別室で記録確認を行っている。
付き添っているのは、
劍国側神官が一人だけだった。
「本来、外部の方をここまで
通すことはないのですが……」
「ええ、存じております。」
青年は、長い回廊を歩きながら返した。
石畳を踏みしめる音が響いている。
薄く焚かれた香が、鼻腔をくすぐる。
継承儀の時も同じように感じていた。
この神殿は、
祭殿へ近づくほど妙に音が遠くなっていく――
「逃亡中の世話役神官に、
容疑がかかっていると耳にしました。」
歩きながら話す、神官の声は掠れていた。
「……世話役自体が、
被害者の可能性はないのでしょうか。」
信じたくないものを、
慎重に言葉へ置いていくような声音だった。
どこか、縋るようにも聞こえる響きに
Elliottはすぐには答えられなかった。
「……出来ることは、全てしましょう。」
そういうのが、やっとだった。
やがて。
閉ざされた祭殿の奥へ辿り着く。
ぎぃ――――……
重い扉が、
低く軋みながら開かれた。
「こちらです。」
青年は、
わずかに息を止めた。
祭殿の中は、
不思議な空気に満ちていた。
音が、沈む。
光さえ、
底まで届かないように思えた。
継ぎ目のない真っ白な円筒状の壁は、
天に向かってどこまでも伸びているように
感じられた。
まるで古い井戸の底に落ちたような、
そんな空間だった。
高い天井の奥から落ちてくる微かな夕光が、
くり抜かれた壁に埋め込まれた
数々の剣を照らし出している。
青年はゆっくり周りを見渡した。
黒金。
銀。
鉄の錆びた剣。
ありとあらゆる趣の幾重もの刃が、
祭殿を囲むように、
そこで眠り続けていた。
「……すごいですね。」
声は、自然と小さくなった。
「剣の数は、優に二百は超えております。」
神官の言葉に、目を見張った。
「歴代の王よりも、
剣の方が多いのですか。」
「はい。」
「剣の継承者と、
王が別にいた時代もございました。」
神官が静かに答えた。
「劍国・ヨルは、
世界最古の王朝を持つ国です。
一度も、王統が絶えたことはありません。」
「それと同じく、
剣の継承も途絶えたことがないのです。」
Elliottは頷いた。
「――水源地は、あちらになります。」
神官の指し示す場所は、祭殿の中央だった。
「あの下に、地下水脈の水源地があるのですか。」
「はい。
お通しできるのはここまでとなります。」
Elliottは、小さく首を垂れた。
「水源のすぐ側には、
初代国王Lioraの剣が安置されています。
今もなお、二千年の昔から同じ姿のまま。」
「初代国王……」
思わず、口にした。
劍国の初代国王は女性だった。
その子供達が血脈をつなぎ、
今の劍国王族の始祖となっている。
「初めの継承者は『ツルギ様』と呼ばれていたんですよね。」
「よくご存知ですね。」
神官は驚いたようだった。
「ええ、少し……」
"初めの子供は光を父とし"
"次の子供は水を父とする"
ヨルの継承についての、
古い書物に残る伝承だった。
この神殿の構造も、
その神話を象徴しているようだった。
「以降、剣の継承は男性王族のみで行ってまいりました。」
ならば。
現、劍国女王陛下は。
初代国王以来の、
初めての女性での継承者となる――
長い年月の中で、
歴史の真実は、
朧げになってしまっていたけれど。
「その初めの頃より、
宵も黎明も長く共に在りました。」
神官の声が、低く沈んだ。
「あちらは、
幾度も王朝や国名を変えておりますが……」
その言葉へ、
青年は微笑んだ。
「ええ、その通りです。
ですが。
『宵の国』は、
今でもこの称号を誇りに思っています。」
祭殿の中央には、
白い台座へ突き立った、
現継承者の剣があった。
淡い銀で出来た、
濃紫の石で飾られた細身の剣だった。
静かな夕光を受け、
祭殿中央へまっすぐ立っている。
近づいてみると、
刀身の根元へ小さく文字が刻まれているのが見えた。
《Lunaria》。
「剣は、
継承者のあり方を模しております。」
なるほど、と。
小さく息を吐いた。
確かに、この剣は
あの若い女王そのもののようだった。
細く。
しなやかで。
けれど、折れない。
そして。
その前に横たわる、
一振りの剣に目を止めた。
白銀の、
獅子を模った大剣。
傷一つない刃が、
夕光を鈍く反射している。
吸い寄せられるように手を伸ばした。
刀身の根元。
影へ沈むように、
そこにもまた、
王の名が刻まれている。
銀色の、獅子。
《Leonis》。
「…………」
「どうかされましたか?」
「いえ……」
青年は、
わずかに目を伏せた。
「――あなたには、
ここは少し暗すぎますね。」
溢れた声は、
祭殿の空気に溶けるように消えていった。




