死者への弔い
その日は、朝から重苦しい空気が王宮を漂っていた。
王宮監察官を伴った、
劍国中央神殿との正式会談。
黎明国神殿からも、数名の神官が訪れている。
付き添い人の変更申請。
失踪した黎明国の神官。
許可なき者の、儀式介入の可能性――
戴冠式以降、
水面下で続いていた問題を、
正式に整理するための場でもある。
高窓から落ちる白い光が、
静かな小謁見室を照らしていた。
香が、
薄く焚かれている。
卓上へ広げられた書簡は多岐に及んでいた。
神殿側からの提出記録。
失踪神官の足取りの予測。
王宮監察官からの検死の結果。
劍国側神官達と、
黎明神殿側の人間達が、
向かい合うように席についていた。
空気は、すでに張り詰めている。
「――変更申請が通された経路について、
もう一度確認します。」
Lunariaの声が、謁見室に落ちた。
若い声だった。
だが。
その場の誰よりも、迷いがない。
「付き添い人変更は本来、
誰の認可を必要とするのですか。」
「神殿側上位神官、
及び儀式管理官です。」
「ならば、神殿連絡局からの変更は正式ではない。そういうことになりますね。」
返答が、一瞬詰まる。
女王は、
相手から視線を逸らさない。
「――わたくしはあの日、
ヨル継承の儀へ入りました。」
淡々とした声だった。
「二千年続く劍国の歴史を繋ぐため。
そして、この神の国の境界を守る為です。」
「は。」
「神殿も、
王権を守るために存在しているのでしょう。」
女王の白い指先がわずかに動いた。
神殿側代表の背に、冷たいものが伝った。
「それとも。
あの場では、
違うものが優先されていたのかしら。」
誰も、
すぐには答えられなかった。
女王は怒鳴らない。
声も荒げない。
それでも。
責められているのだと、
誰もが理解していた。
「……現在、
内部調査を進めております。」
「進めている、では遅いのです」
静かな返答。
Lunariaは、
ゆっくり書簡を閉じた。
「死者が出た。」
その一言だけで、
空気が変わる。
「失踪者もいる。
儀式介入も起きた。
その上で、
“把握していませんでした”では済まされない。」
誰も、
反論しなかった。
白い光が、
静かに室内へ差し込んでいる。
「損傷状況の記録は、
可能な限り急いで下さい。」
迷いのない声だった。
「腐敗が進む前に、
拾える情報は全て拾っておきたい」
誰も、
口を挟まない。
Lunariaは、
淡々と書簡へ視線を落としたまま続ける。
「毒物反応、
歯列、
装飾品、
衣服の織り。
些細なものでも構いません」
若い娘の声とは思えないほど、
揺るぎがなかった。
「……確認が終わった後は。」
そこで初めて、女王が顔を上げた。
「神殿側で丁重に弔いを。」
短い沈黙。
その瞬間。
「……申し上げます。」
王宮監察官は声を上げた。
「何か?」
「被害者が本来の付き添い人だった場合。
他に信仰を持っていた可能性が浮上しております。」
「なんだと……?」
黎明神殿側の神官が、
わずかに息を呑んだ。
「――他信仰。」
女王は、呟くように口にした。
「……ありえない。」
――ありえない。
監察官も同じ思いだった。
信仰そのものは自由だ。
だが。
他国の王権に関わる儀式へ、
そのような者を送り込むなどとは。
それこそが、儀式介入ではないか。
王宮監察官は、手元の資料に視線を落とした。
「提出された神殿側の出入り記録をもとに、
被害者とみられる男性の出自を再調査
いたしました。」
「父方は黎明国王家の血統。
代々、劍国の継承儀に付き添い人を務める
名家の生まれです。」
「一方で、母方は華陽国の王族でした。」
「さらに。
被害者とみられる男性は、
継承儀以前に神殿への出入りが一度も
確認されておりません。」
「一度も…?」
「はい。出生時まで遡って確認しましたが、一度もございません。
本人が、母方の信仰を継承していた可能性が浮上します。」
「……馬鹿な……」
今度は、黎明国神殿の神官がうめいた。
女王は、一瞬動きを止めた。
その場の空気が凍る。
だが。
「――では、その場合は死者の尊厳を守る形でご家族のもとへ。」
「……承知いたしました。」
王宮監察官は深く頭を下げた。
女王は、目を逸らさない。
動揺もみえない。
揺らぎもみえない。
だからこそ。
その静かな在り方が、
王宮監察官にはどこか異様にみえていた。




