西棟の幽霊
「聞きました!?」
女王付きの若い侍女が、
興奮したように声を上げていた。
昼下がりの回廊。
洗濯籠を抱えた侍女達が、
足を止める。
「今度は西棟に出たんですって。
例の、黒い幽霊!」
「ああ、またその話?」
年嵩の侍女が、
呆れたように息を吐く。
「違うんですって!
今回も、ちゃんと見た人がいるんですよ。」
「夜番の警備兵でしょう。
どうせ灯火の見間違いです。」
「西棟って今、
宵の国の方達が残ってるじゃないですか。」
若侍女が、
さらに声を潜めた。
「朝まで、ずっと灯りがついてる部屋があるんですって。」
「仕事してるだけでは?」
「でも、
人がいる気配がしないのに、
影だけ動いてたって――」
「あなた、
本当にそういう話好きねぇ。」
くすくす、と。
笑い声が落ちる。
その時。
「楽しそうですね。」
穏やかな声が、
後ろから落ちた。
「ひゃっ!」
若侍女が、
肩を跳ねさせる。
振り返ると、
そこには宵の国随員の青年が立っていた。
書類を抱えたまま、
穏やかに目を細めている。
「す、すみません!
お仕事中でしたか!?」
「いえ。」
青年は、
小さく首を横へ振った。
「ちょうど休憩へ行くところだったので。」
そのまま。
抱えていた紙袋を、
侍女達へ差し出す。
「よければ、
皆さんでどうぞ。」
「えっ。」
「わぁ……!」
中には、
小さな焼き菓子が入っていた。
甘い香りが、
ふわりと広がる。
「ありがとうございます!」
若侍女が、
ぱっと顔を明るくする。
「……あ。」
ふと、
何かを思い出したように顔を上げた。
「もしかして、
政務官様もご存知でしょうか?」
「え?」
「西棟の、幽霊の噂です。」
青年は、
一瞬だけ目を瞬いた。
「ああ……」
その後。
ふ、と。
どこか困ったように笑う。
「どうでしょうね。」
曖昧な返答。
けれど。
否定はしなかった。
噂話に花を咲かせる侍女達を背に、
青年は肩をすくめて、その場を後にした。




