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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
第二章《波紋》

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王宮監察局

――間に合わない。


王宮監察局で、

監察官は頭を抱えていた。


机の上に置かれたのは、

女王から下された追加の指令書だった。


被害者入れ替わりによる、

国内潜伏の可能性――


そのことも視野に入れて、

捜査範囲を広げるようにとの指示だった。


「どうされますか?」


「――まずは、警備側との連携だな。」


部下に警備側の代表を呼ぶよう指示を出し、

監察官は眉間を強く押さえ込んだ。


女王の指令は当然だった。


だが……


あらゆる可能性を考え、

一つずつ潰していくには、

はっきり言って時間も人員も全く足りない。


遺体の損傷も激しかった。

もってあと数日――


加えて、

逃亡中の世話役神官の足取りも、

日を追うごとに遠のいてしまう。


「さて、どこから手をつけるか……」


机の上には、

未処理の報告書が山積みになっていた。


その中の一冊に、

監察官の視線が止まる。


『神殿地下水路調査記録』


つい先日、

発見されたばかりの地下水路についての報告書だった。


被害者の遺体が河口へ流れ着いた以上、

この水路が逃走経路となった可能性も高い。


こちらの調査も、

止めるわけにはいかなかった。


「河口までの遺体の移動経路は、

この水路からで間違いなかったか。」


「はい。

現時点では、その可能性が最も高いとの報告が上がっています。」


「なら、逃亡中の神官も、

水路から脱出を図った可能性が高いな。」


「ええ、そのようです。」


「地下水路の調査は。」


「それが……

入り口は見つかったものの、

思ったより難航しておりまして。」


「……そうか。」


元々、

劍国中央神殿の地下には、

天然の地下水脈が流れる洞窟が広がっていた。


その一部を利用して水路が整備され、

後に神殿が築かれた。


長い歴史の中で幾度も増改築が繰り返され、

今では全容を把握する者はいない。


「よくあんな入り口を見つけましたね。」


部下が感心したように呟く。


「ああ。私も驚いた。」


監察官は苦笑した。


「誰が見つけたのですか。」


「……宵の国の政務官殿だ。」


「――政務官?」


コン、コン。


部下の言葉と同時に。


控えめなノックが部屋へ響いた。


「どうぞ。」


「失礼いたします。」


静かな声に、

監察官は顔を上げた。


扉の前には、

一人の青年が立っていた。


宵の国政務官・Elliott殿下。


女王陛下への付き添い人として、

被害者と共に継承儀に参加していた

もう一人の男性だった。


「お忙しいところ申し訳ありません。」


丁寧に一礼する青年を見て、

部下は思わず目を丸くする。


監察官は小さく息を吐くと、

静かに口を開いた。


「……ちょうど、噂をしていたところです。」


青年は、不思議そうに首を傾げた。


「私のですか?」


「ええ。今日は一体何か?」


「その……。

差し出がましいかとも思ったのですが、

少し気になりまして。」


Elliottは手にしていた数枚の書類を机へ置く。


「昨夜、女王陛下へご報告するため、

神殿の出入り記録をまとめておりました。

こちらに目を通していただけますか。」


監察官は書類へ視線を落とした。


「……これは。」


「黎明国側の神殿出入り記録です。

劍国や宵の国と比べると、

極端に出入りした人数が少ない。」


「宗教観の違いもございますので、

それ自体は不自然ではありません。」


監察官も頷く。


黎明国では近年、

東方の信仰が広まりつつある。


神殿への参拝を避ける者がいても、

不思議ではなかった。


「ですが。」


Elliottは一つの名前を指した。


「付き添い人であった被害者が、

継承儀当日まで一度も神殿を訪れていないのです。」


監察官の表情が僅かに変わる。


「付き添い人でありながら……ですか。」


「ええ。」


Elliottは静かに頷いた。


「それともう一つ、

気になっていることが。」


今度は、

神殿の見取り図を広げる。


「地下水路についてです。」


「元々、劍国中央神殿は天然の地下水脈の上に

築かれたと伺いました。」


「その通りです。」


「であれば。」


Elliottの指先が、

祭殿の真下を示す。


「地下水の水源は、

祭殿地下にある可能性が高いのではないでしょうか。」


部屋が静まり返る。


「水源を中心に、

各施設へ枝分かれするよう水路が整備されたと考えれば、

現在見つかっている経路とも一致します。」


監察官は図面へ身を乗り出した。


祭殿。


禊の間。


そして、

先日発見された地下水路。


一本一本の線を目で追っていく。


「……つまり。」


「先日発見された入口も、

祭殿地下からの支流の一つである可能性があります。」


「もちろん、

これは私個人の憶測なのですが……。」


Elliottは穏やかに続けた。


「地下水の流れを辿れば、

祭殿地下を中心に水路が広がっているかどうかは、ある程度推測できるかと。」


監察官は腕を組み、

しばらく図面を見つめていた。


やがて、

静かに顔を上げる。


「……確かめる価値はありますね。」


Elliottは小さく頷いた。


「あと……。」


「まだあるんですか。」


監察官は苦笑する。


「……いえ。これはまだいいです。

また気づいたことがあれば報告いたします。」


首の後ろに手をやりながら、

青年は目を伏せた。


「……あなたは、

仕事を増やしてくださいます。」


青年は申し訳なさそうな、

なんとも言えない笑みを浮かべていた。


「ですが。」


「そのおかげで

捜査は前へ進んでいる。」


監察官は姿勢を正し、

Elliottへ向き直って言った。


「明日、祭殿の調査にご同行願えますか。」


「……はい。」


青年は。


どこか困ったように頷いていた。

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