王宮の怪談
戴冠式から、六日がたっていた。
慌ただしかった王宮内は、
少しずつ普段の空気を取り戻し始めている。
兄王の葬儀から続く、継承儀。
戴冠式。
各国使節団への対応――
張り詰めていた空気も、
ようやく少しずつ解け始め、
王宮には、
久しぶりに侍女達の笑い声が戻っていた。
Lunariaは、
休憩室で茶器を傾けている。
柔らかな午後の光に、蜂蜜の甘い香り。
温かな湯気が、
ゆっくりと立ち昇っていた。
政務の合間の、穏やかなひと時。
その空気を割くように、
若い侍女が休憩室へ飛び込んできた。
「姫様、姫様、
お聞きになりました?」
「これっ、走らない。」
年嵩の侍女にすかさずたしなめられ、
若い侍女は小さく頬を膨らませた。
「だってぇ……!」
若侍女は、興奮した様子で目を輝かせている。
「何があったの?」
「また“怪談”騒ぎがあったんです!」
何気なく尋ねたLunariaに、
侍女はすかさず身を乗り出した。
――怪談。
Lunariaは、首を傾げた。
「ほら、前陛下の頃、
時々あったじゃないですか。
“夜に影が動く”とか、
“誰もいない東回廊で声がした”とか……」
「ああ……」
確かに。
あったかもしれない。
蜂蜜茶に口をつけながら、
Lunariaは侍女の話に耳を傾ける。
年嵩の侍女が、呆れたようにため息をついた。
「あなた、怖がりなくせにそういう話ばっかり…」
「だってぇ!
私、夜番の日とか本当に嫌だったんです。
灯りの向こうに、
何かが立ってる気がして……」
「その割には、嬉しそうですよ。」
年嵩の侍女は苦笑していた。
窓の外では、
白い雲がゆっくり流れていた。
「でも今回は、
もっとはっきり見えたらしいんです!」
若侍女は、さらに声を潜めた。
「黒い男の人みたいだったって。
しかも、ずっとこっちを見てたって……」
「ふぅん。
人みたいだったら、
それって人じゃないの?」
Lunariaが言うと、
侍女は大きく首を横に振った。
「とても大きな黒い影で……灯火みたいに、揺らいでいるそうなんです。」
「……」
「なら、月明かりの見間違いでは?」
年嵩侍女の言葉に、
若い侍女はさらに首を横に振った。
「西回廊の警備兵は、壁の向こうに消えていった、って言っていました!」
「…………」
Lunariaは黙った。
嫌な予感がした。
「それに、目が金色に光ってたらしいです。」
「…っ」
がちゃんっ!
不意に、
Lunariaの手元の茶器が卓へぶつかった。
琥珀色の茶が、
小さく跳ねる。
「姫様?」
若侍女が、
目を丸くする。
慌てて茶器を持ち直した。
「あ……」
「………えっと……」
危うく。
“それ、幽霊じゃないわ”
と、
口に出しかけて。
Lunariaは視線を伏せた。
「なんでもないわ。」
「だ、大丈夫ですか?」
「……続けて。」
若侍女は、
まだ少し不思議そうにしている。
けれど。
Lunariaだけは、
知っていた。
昔は自分も怖かった。
夜の回廊。
揺らぐ影。
怪談話。
けれど今は――
「……うん、美味しい。」
ごまかすように、
蜂蜜茶へ口をつけた。
甘い香りが、ゆっくりと広がっていく。




