蜂蜜茶
「Lunaria様」
はっと。
意識が戻った。
気がつけば、Lunariaは休憩室の椅子に座っていた。
「ご気分が優れませんか。」
……わたし。
また、やってた。
「…大丈夫よ」
その言葉に、
年嵩の侍女はそっと眉をひそめたようだった。
脇の小机では、
茶器が静かに湯気を立てている。
甘い香りがした。
「新しいお茶?」
「はい」
侍女は柔らかく微笑んだ。
「宵の国の王弟子息様より、“気疲れに効く茶葉を”と。」
「…………」
柔らかな琥珀色。
ふわりと、
蜂蜜の香りが広がる。
「毒味は済んでおります。」
「……いただくわ。」
Lunariaは、
そっと茶器へ手を伸ばした。
温かい。
指先へ、
じんわりと熱が移る。
一口。
ほう、と息をつく。
ほんのりした甘みと、控えめな茶葉の香り。
「……美味しい。」
小さく零れた声に、
侍女がほっとしたように微笑んだ。
「後ほど、
お礼をお伝えしておきますね。」
「ええ、ありがとう。」
湯気の向こうで、
午後の光が揺れる。
ふと。
先程の政務室での出来事を思った。
同じだ――
戴冠式の時と。
誰がいたか。
どんな報告だったか。
何を命じたか。
覚えている。
全部――覚えている。
けれど。
抜け落ちているのだ。
なにか、が。
深い水の底に、
身体ごと沈み込んでいくような感覚。
声。
空気。
温度。
全てが、薄い膜越しみたいに遠い。
「………どうしちゃったのかしら…」
小さく呟き、静かに窓の外を見た。
空は白かった。
まだ日は高い。
正午を知らせる神殿の鐘の音が、
微かに響いていた。
「……長引きそうね。」
ぽつり、と。
独り言みたいに零れる。
侍女は何も答えなかった。
ただ静かに、茶器へ湯を足している。
蜂蜜の甘い香りだけが、
ゆっくりと部屋へ広がっていた。




