焦り
「封鎖、だと?」
低い声が、
室内へ落ちた。
劍国王都、黎明国使節団滞在区画。
長机の上には、幾つもの書簡が置かれていた。
劍国からの正式通達だった。
継承儀直後の変死体。
失踪した神官。
祭祀領域封鎖。
そして――調査権制限。
「我々を締め出すつもりか。継承儀で死者が出たのは、こちらの人間だぞ。」
机上へ、羊皮紙が叩きつけられる。
「その上、失踪した神官も黎明出身だ。劍国側の管理責任はどうなる。」
「声を荒げるな。」
冷えた声が短く遮った。
「問題はそこではない。」
重い沈黙だった。
机上の書類。
そこへ押された正式印と署名。
全て、正規手続きを通っている。
「……誰が承認した?」
ぽつり、と。
静かな代表高官の声に、誰かが呟く。
「現在、本国側で確認中です。」
「確認中で済む話か。劍国側が“祭祀への介入”と取ればどうなる。」
空気が張った。
劍国王権にかかわる最重要祭祀への介入。
本来、閉鎖された神域での不祥事。
その事態を、誰も軽くは扱えなかった。
「変更申請時の署名ですが、随行高官の名が残っています。」
空気が、
僅かに変わる。
「本人確認は。」
「まだです。ですが印は一致しています。」
「……彼は、被害者の血縁の者です。」
側にいた者が、短く言葉を注いだ。
「――最悪だな。」
偽造なら問題だった。
だが。
正式な署名ならば、さらに悪い。
しかも署名した者が被害者の身内……。
こちら側の事情が深く関わっていそうだった。
「劍国側は、失踪神官を“保護対象”として扱っています。」
外交官が静かに続ける。
「引き渡しには応じない構えかと。」
「保護、か。こちらの人間を。」
男の目が細まる。
「劍国神殿所属、という扱いなのでしょう。」
再びの沈黙。
若い官僚が乾いた唇を開いた。
「……劍国側は、
我々を疑っているのでしょうか。」
誰も即答できなかった。
やがて。
年嵩の外交官が、
低く口を開く。
「疑う理由は十分にある。同行記録、正式署名、黎明出身神官……これだけ揃えば、“意図的介入”も視野へ入れる。」
「馬鹿な……」
吐き捨てる声。
だが、否定は弱かった。
「……継承儀は、
成立しているんだぞ。」
不意に落ちたその言葉へ、
視線が集まる。
もし、本当に不正侵入があったのならば。
今回の継承は成立してないはずだった。
静かな違和感だけが、
会議室へ沈んでいく。
「まさか、神殿側のあの噂……」
「……まずいな。」
空気が明らかに変わった。
「――失踪している神官の確保を。劍国よりも早く、早急にだ。」
先程までとは違う、硬い声だった。
「本国へも至急報告を。署名記録、同行経路、接触者……全て洗い出せ。」
焦りを押し殺した声が、
室内へ落ちる。
「署名を残した高官にも接触を。口を滑らせるなと伝えろ。」
「万が一にも、劍国側より先に“何か”を掴まれるな。」
誰も返答しない。
ただ張り詰めた沈黙だけが、
室内を満たしていた。
窓の外では、白い光が神殿の尖塔を照らしていた。




