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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
第二章《波紋》

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夜の呼ぶ声

翌朝の王宮内には、

張り詰めた空気が流れていた。


「……黎明側へ、

先ほど正式報告を。」


政務机の前で、

官僚が低く告げる。


Lunariaは、

静かに頷いた。


「向こうの反応は。」


「…沈黙しております。」


淡々とした声。


けれど。


空気は重かった。


身元不明の遺体と失踪した神官。


継承儀式直後に消えた、黎明国の王族。


どれ一つをとっても、

軽い問題ではない。


「神殿側からも、

追加報告が届いております。」


別の官僚が、

書類を差し出す。


「読み上げて。」


「は。」


羊皮紙が開かれる。


「――失踪した世話役神官ですが、本来は継承儀へ入る予定だった神官ではなかったとのことです。」


Lunariaの視線が、僅かに動く。


「直前で変更が入った、と。」


「王宮神殿連絡室側、神殿祭祀側、王宮側へ複数の申請記録が残されており……現在、経路を確認中です。」


「責任の所在が、

曖昧になっています。」


「…………」


「各部署では、正式手続きとして通しておりますが……その最終申請者が。」


官僚は、

僅かに視線を落とした。


「……失踪した世話役神官本人です。」


空気が重く沈む。


「なお。」


別の書類が開かれる。


「変更申請時、黎明側の随行高官の署名も確認されております。」


「署名した随行高官は、被害者とみられる付添人の身内だそうです。黎明国側は、両名とも正式同行として認識しております。」


Lunariaの眉が、

僅かに寄った。


「失踪した神官の出自は、黎明国です。」


短い沈黙。


「前劍国王陛下のご即位以前より、

劍国神殿へ所属。十数年前に

黎明側神殿より派遣された記録があります。」


「当時は、

まだ若手神官だったようです。」


「……そう。」


呟き、Lunariaは目を瞑った。


さて…


どうしたものか。


加害者、被害者、共に黎明国の人間だ。


だが、

劍国の最重要祭祀である継承の儀での不祥事。


どちらも、単なる責任だけの問題では済まない。


「………」


ひと呼吸、考え。


そして、口を開く。


「……まず、神殿側に祭祀領域の封鎖を。

祭祀に関わった神官達の隔離と、祭祀前後の人の出入りを徹底的に洗い直して。」


Lunariaの静かな声。

官僚達の空気が、僅かに揺れる。


「それから、失踪中の世話役神官の身柄を早急に確保。発見次第、保護しなさい。」


「……保護、ですか。」


「ええ。劍国神殿所属の神官です。」


「しかし…黎明国側にはなんと。」


「そのように。」


澱みなく。


言葉を繋ぐLunariaに、官僚達は息を呑んだ。


「黎明国側からの儀式介入の可能性も考えられます。おそらく、あちらも強くは出れないはず。」


迷いがない。


…あまりにも。


少しの揺らぎも見せない女王に、政務室全体がざわめく。


「黎明側に、調査の許可を与えるのはそれからよ。」


「……承知いたしました。」


官僚は深く頭を下げ、静かに下がった。


――――これで、いい。


「…………」


奇妙な静けさが、空間を覆っていた。


――私。

あれほど迷っていたはずなのに……?


澱みなく。

迷いなく。

まるで、初めからそう決まっていたかのように。


流れるように口をついて出た言葉に、

Lunaria自身が驚いていた。


違和感――


昨日までとはあきらかに違う。


私ではなく、兄が話しているみたいだった。


いや……兄だけではない。

幼い頃に見た父王にも似ていた。


王たるものの、総意。


そのような感じだった。


「陛下。宵の国からの外交補佐の方たちがお越しです。」


「ええ、通して。」


官僚に言われ、Lunariaは姿勢を正そうとした。


その途端。




――――ぐわん。


不意に、世界の音が沈んだ。


「――陛……が、入室……」


官僚達の声が、遠のいていく。


「--王弟側付……りん…---」 


聞こえない。


泥の中に沈められたように


頭が痛い。


低く。


重く。


ごう、ごうと。


まるで、閉ざされた炉の奥で、

鉄が唸っているみたいだった。


「――――」



重低音だけが、

響いている。


「…………」


そのうち、誰かが、

入室した。


気配だけがわかる。


「宵の国……」


「…………」


声が聞こえない。


聞こえているはずなのに。


言葉として、

入ってこない。


誰かが名乗っている。


穏やかな声。


落ち着いた低音。


その後ろにも、幾つかの人影。


「……で……ちらが、…」


ぐにゃり。


視界の端で。


影が動いた。


人と人との隙間を。


縫うように。


黒い気配が、

ゆっくり揺れる。


その影が。


その中の1人に

まとわりついた。


静かで。


暖かくて。


太陽みたいな。


……?


どうして。


……なんでわかるの。


その瞬間。


頭の奥が、

痺れる。


《――お前でいい》


Lunariaの唇が、微かに動く。


音にならない。


思考も。


言葉も。


上手く浮かばない。


《呼べ》


影が、

男から離れる。


するりと床を滑るように。


こちらへ、


来る。


『…………』


呼吸が、

浅い。


身体が、

動かない。


黒い闇が、ゆっくりと。


Lunariaを包み込む。


《お前でいい》


身体の奥へ直接落ちてくるような、低い声。


影が揺れる。


《――呼べ》


もう一度。





何も、考えられない…………。


『――――』


Lunariaのくちびるが、動いた。


―――― Yule。



「Lunaria様」


はっと。


意識が戻った。


気づくとそこは政務室ではなかった。

目の前には、心配そうな年嵩の侍女。

小机の上では、茶器が柔らかな湯気を立てていた。

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