夜
夜は深く、
月は高い。
遠くに聞こえる鐘の音を聞きながら、
Lunariaは窓の縁に腰をかけていた。
劍国王都に、鐘の音が響いている。
低く。
長く。
夜を裂くような音で。
「……知らせが入ったのね。」
誰にともなく呟く。
この時間に、
神殿の鐘が鳴ることは少ない。
まして、あんな音では――
「…………」
王宮内は静かだった。
灯りも、大半が落ちている。
だが、今夜の神殿は眠れない。
継承の儀。
行方の途絶えた、隣国の客人。
失踪した神官。
――――顔のない、身元不明の遺体。
考え始めると、Lunariaもまた眠れなかった。
「………」
ちり、と手元で音が鳴る。
小さな、硝子の細工物。
月の光を受けて、キラキラと輝いている。
兄は外遊に行くたびに、私が喜びそうな土産物をたくさん持ち帰ってきた。
髪飾りや、流行りの菓子。
人形、香油。
硝子細工。
どれも、高価なものではない。
けれど兄の見てきた景色が思い浮かぶような、ワクワクするようなものばかりだった。
中でも小さな硝子の細工物は、
Lunariaが子供の頃から
いつも買ってきてくれていた。
「……どうして。」
泣きそうになるのをぐっと堪える。
兄は、ある日突然に。
眠るように息を引き取った。
あの夜。
最後に交わした言葉が、
何度も胸の奥で蘇る。
『またな。』
「嘘つき。」
若かった。
病気でもない。
なのに。
――衰弱。
医者は、そのように言っていた。
神殿側はそのことに関しては、
固く口を閉ざしていた。
「……兄様。」
私は、兄に守られていた。
いつも。
いつも。
どんな時も。
この立場になって、改めて思う。
兄の背負っていたものはこんなにも。
――重い。
《――――――》
ぐにゃり。
ふいに、背後で闇が形を変えた。
質量が形をなして、ゆっくりこちらに近づいてくる。
《――――――》
……鐘の音が、遠くなる。
頭の奥が、痺れるように震える。
Lunariaは、目を閉じた。
風も。
夜気も。
指先へ触れていたはずの冷たさも。
少しずつ。
薄い膜の向こうへ、
沈んでいく。
身体の感覚が消えていく。
自分の鼓動だけが、大きく聞こえる。
窓枠へ触れている手が、
本当にそこにあるのか。
――よくわからない。
意識が、静かに浮いていく。
《――お前でいい》
低い声。
身体の奥へ、
落ちてくるような。
――切り裂いた手のひら。
滴る血液。
横たわった剣。
突き立てられた、Lunariaの剣。
夜を繋ぐ――――
《お前でいい》
Lunariaの身体が、包まれる。
深い闇に。
長い、夜に。
《……呼べ》
なにを?
《――――》
――――――《呼べ》
次の瞬間。
はっ、とLunariaは目を開いた。
「…………」
遠くで、鐘の音が鳴っている。
わずかに呼吸もあがっていた。
早い鼓動。
汗が、じっとりと肌に張り付いている。
震える手元。
その指で、自らの唇にそっと触れる。
「――――」
…………わたし。
今。
誰と話していた……?
――ずるり。
夜の隙間を縫うように、
その気配は遠のいていった。




