神域
劍国神殿へ王宮からの使者が到着したのは、
夜半を過ぎた頃だった。
石畳を打つ足音が、
静まり返った回廊へ鋭く響く。
「王宮より至急の調査要請です。」
その声だけで。
神殿内全ての空気が変わった。
「なんだと……」
祭祀長をはじめとした、
神官達の顔色が一斉に強張る。
異例の、女性王族による継承儀。
それが無事になされたことに、
安堵した矢先での出来事だった。
継承儀の後。
再び閉ざされていた祭殿奥へ、
次々と灯が入っていく。
「世話役神官は!?」
「まだ見つかっておりません!」
「地下水路側は確認したのか?」
「現在調査中です!」
張り詰めた声が、
石壁へ反響する。
夜の神殿は、
本来静かな場所だ。
灯火を落とし。
祈りを残して朝を待つ。
だが今夜は違った。
人が走る。
鐘が鳴る。
記録庫が開かれる。
「……何故だ。」
継承儀は、無事になされた。
ヨルは新たな王を拒まなかった。
剣と、王権。
二つを持つ女王の誕生。
神殿にとってそれは――
初代国王の再来を意味していた。
ヨルは揺らがない。
だが。
継承儀での失態。
もし黎明側の付き添い人死亡が確定すれば。
神殿だけでは済まない。
劍国そのものの問題になる。
神官長は、
険しい顔のまま記録へ目を通していた。
「……待て。」
低い声が落ちる。
「この世話役、
誰が通した。」
周囲が、
静まり返る。
記録官が、
慌てて羊皮紙を捲った。
「……本来の担当は、別の者となってます。」
「何?」
神官長の目が、
鋭く細まる。
やがて。
奥から、
青ざめた神官が連れて来られた。
「申し訳ございません……!」
震える声だった。
「直前に、
変更が入ったと聞かされておりました……」
「誰からだ」
「それは……っ」
神官は、
顔を伏せる。
「王宮側神殿連絡室より、
正式変更と……」
空気が、
凍る。
神官長は、
ゆっくりと目を閉じた。
あり得ない。
継承儀直前での、
世話役変更など。
本来ならば、絶対に。
「失踪した神官の身元は。」
低い声で、
神官長が問う。
記録官は、
僅かに躊躇った。
「……黎明国出身です。」
「前劍国王陛下ご即位以前より、
神殿へ所属しております。」
「当時はまだ若手でしたが、
継承儀にも立ち会っております。」
「…………」
祭祀長の表情が、
僅かに変わった。
「……黎明か。」
誰にも聞こえないほどの低い声だった。
その場にいた神官達は、
誰も言葉を発せなかった。
夜の神殿の空気は、異様なほど冷えていた。




