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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
第二章《波紋》

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青年

空が宵闇に染まる頃。


王宮東棟にある来賓館の一室で、

青年は困ったように立ち尽くしていた。


「今まで、どこに行ってたんだ。」


普段穏やかな長兄の声色は、

ほんの少し怒っているようだった。


開け放った扉の枠に片腕を預けている。


兄は背が高い。

そのせいで、

ただ横に立っているだけなのに隙間がない。

 

……中に入れてもらえない。


「あー……えーっと……」


適当な理由が思いつかず、

青年は言葉を濁した。


「……街、でしょうかね。多分…」


「…………」


兄の視線は、疑っていた。


ああ。


怒っている。


それと言うのも、

今日の女王との謁見を

青年がサボったからだった。


ため息をつきながら、兄は小さく首を振った。


「どうして君は、そう自由なんだ。」


そう言う兄は、まだ入り口を塞いでいる。


……まだ、中に入れてもらえない。


兄は穏やかな人だったが。


一度こうなると、

あれもこれもと、

細々としたことが気になりだす癖があった。


そして、必ず。


その後に、

青年の身だしなみについて口を出してくる。


「ほら、また服を着崩している。」


はい、始まった。


覚悟していたが、思わず顔に出てしまった。


「外套はどうしたんだい?上着は?

なんで、そのシャツとベストだけなんだ。

襟も、ちゃんときっちり上まで閉めなさい。」


まるで、母親みたいだった。


「だって、こっちの方が動きやすいんです……」


聞こえないほどの声で言い訳したが、

兄はきっちり聞き取っていた。


「見られ方も、相手への配慮の一つだよ。」


兄は外交官だ。


父が国王の弟である以上。

王甥として人前に立つことが少なくない。


だから、身なり一つにも気を抜かなかった。


だが。


俺が着崩したところで

兄ほど困ることはない。


……兄がこの格好をしたら、

周りの女性が、兄の色気に卒倒するだろう。


「……なんだい?」


青年は、兄の顔をまじまじと見た。


少し中性的な顔立ち。


贔屓目に見ても、整っていた。


明るい金の髪を長く伸ばし、

後ろで一つにまとめている。


青年と同じ、青い瞳。


兄は昔から、やたらと女性に人気があった。


「目元のほくろがずるい」と、

侍女達が言っているのを聞いたことがある。


……そういうものなんだろうか。


「あの。そろそろ、部屋に入れて欲しいんですけど……」


「……どうぞ。」


諦めたように、長兄は道を譲った。


やった。


いそいそと部屋に入ると、

長兄付きの侍従がまとめた荷物を外に出そうとしていた。


「お帰りなさいませ。」

「ただいま。」


侍従は、青年よりほんの少しだけ歳上だった。


兄と同じ様に、長く伸ばした金髪を

後ろできちんとまとめている。


長兄に長く付き従っているだけあって身なりにまったく隙がなかった。


いつもちゃんとしている。


……すごいな、ほんと。


「荷物はまとめてあるのかい?」


「はい、昨日のうちに。」


長兄にきかれ、青年は顔を上げた。

宵の国使節団は明日帰国する。


「君はほんと……来るのは遅いくせに、

帰る準備は早いんだな。」


苦笑している。

もう怒ってはいないらしい。


「では、その荷物を持って今から王都の方に移動して欲しい。」


「は………うぇ?」


はい、と言おうとして。


変な声が漏れた。


――今、なんて言った?


王都?


「なんでですか。」


「明日から劍国への政務協力として、君と、叔父と、侍従が残ることに決まった。」


「えぇ…?」


「もう王都に邸宅は手配してある。長期だと、来賓館では手狭だからね。叔父は先に移動しているよ。」 


叔父とは母の兄だ。

政務官をしている青年の、上司でもあった。


「本当に言っています?」


「言ってる。」


「なんでですか。」


「……黎明国の付き人が、継承儀以降に行方不明となっているらしい。」


長兄の声は、慎重だった。


「うちとの謁見中に、女王陛下へ至急の報告があったんだ。港湾側で身元不明の遺体が上がったと。」


「――――それは。」


目を見開く青年に、長兄は頷いた。


誰がどう見ても。


大問題だった。


「で、うちから数名の人員を残すことを申し出た。」


「…………」


それは、納得だった。

父ならそう言うだろう。


「でも、なんで俺なんですか。」


何か不備があれば逃げれないかと、

一応聞いてみた。


「まず、書類仕事ができる。」


「雑用もできる。」


「現場での仕事も。」


「あと、神殿にも劍国の歴史にも詳しい。」


「身軽。」


「どんな仕事を振られても、それなりに。」


「何より、女王陛下以外では継承儀への唯一の参加者だ。」


「――俺ですね。」


最後の一言で、完敗だった。


それを言うならば、自分以外の適任はいない。


「はい。ならとっとと行きましょうか。」


淡々と、侍従が青年の荷物を運び出している。


「はい…」


とぼとぼとその後に続く。


部屋を出ようとしたところで。


ふいに。


「――ところで。」


ぴく。


思わず青年の動きが止まった。


「その腕の怪我は、どうしたんだい?」


「…………」


兄は、本当によく人のことを見ている。


「あー……えーっと……」


青年は、言葉を濁した。


「……猫、ですかね…?」


「…………」


兄は、まだ疑っていた。

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