目覚め
「……姫様?」
はっと。
意識が、
引き戻された。
柔らかな朝の光。
薄いカーテンが、
静かに揺れている。
見慣れた自室だった。
「…………」
Lunariaは、
ゆっくりと瞬きをする。
少し遅れて。
世界が、
輪郭を取り戻していった。
私、いつのまに……?
傍らでは、
侍女達が静かに身支度を整えている。
茶器の触れ合う、
小さな音。
湯気。
いつも通りの、朝の風景。
――夢だったのかしら。
「何度も言いますが、
もう姫様じゃありませんよ。」
年嵩の侍女にいわれ、
若い侍女は小さく唇を尖らせる。
「私にとっては、姫様は姫様です!」
「これ。」
年嵩の侍女が、すぐに嗜めた。
「…………」
Lunariaは、
ぼんやりとその声を聞いていた。
「……構わないわ。」
掠れた声で、小さく呟く。
ほっとしたように、若侍女が笑った。
もう、姫様じゃない…。
継承儀で、切り裂いたはずの手のひらを見る。
傷は、少し治り始めていた。
「………?」
ついさっきまで、
神殿にいたと思っていたのに。
時間の感覚が、曖昧だった。
寝起きだからだろうか。
年嵩の侍女が、
手元の書板へ視線を落とす。
「本日のご予定です。
午前は西方連合のお見送りとなっています。
その後、政務確認。
午後より、
黎明・宵両国との謁見となっております。」
「…………」
「西方連合は、
本日帰国予定ですので…」
静かな声が、
続く。
「宵・黎明両国は、
明日発たれる予定となります。」
「明日…?」
おかしい。
Lunariaの知っている予定と違う。
「……戴冠式は。」
ぼんやりと、
Lunariaは呟いた。
年嵩の侍女は、少し不思議そうな顔をした。
「二日前に、既に終えておりますが…」
「……え?」
小さく、
目を見開く。
侍女達が、互いに顔を見合わせた。
「姫様。」
「覚えてらっしゃないのですか…?」
「………そう、なの…?」
二日前。
高い露台。
朝の光。
揺れる旗。
王冠の重み。
歓声。
掲げた手。
――覚えている。
ちゃんと。
覚えているのに。
そこに居た感覚だけが、
ひどく曖昧だった。
「……覚えているわ。」
なのに、
実感だけがすっぽりと抜け落ちていた。
「姫様、
本当に綺麗でした。」
「この子、
毎日そればかり言っているんですよ。」
年嵩の侍女が、
少し困ったように笑う。
「だって、
本当ですもん。」
「この子ったら。」
呆れたように言いながらも。
年嵩侍女の声色はどこか優しく、
噛み締めているようにも聞こえた。
「…………」
Lunariaは、
静かに目を伏せた。
「……ありがとう。」
口にした言葉は、
どこか身体から浮いているようだった。
「陛下。」
年嵩の侍女に呼ばれ
Lunariaの胸の奥が、
ちくりと痛む。
一瞬だけ。
白銀の大剣と。
静かに笑う兄の顔が、
脳裏を掠めた。
「西方連合のお見送りの時間です。」
「…ええ。」
Lunariaは、
頷いた。
「行くわ。」
まだ少しだけ。
その呼び方は、
自分のものではない気がした。




