繋げる
――世界の音が、消えた。
鈴も。
足音も。
呼吸すら。
何も聞こえない。
祭殿の中は、
暗かった。
いや。
暗い、というより……
光が上へ吸い込まれている。
Lunariaは静かに足を止めた。
円筒状の祭殿。
見上げるほど高い天井は、
遥か上で闇へ溶けている。
まるで、底の見えない井戸の中に
立っているみたいだった。
その闇の奥から、
月明かりだけが細く漏れ落ちている。
白い光は空間を伝い、
祭殿の底へ辿り着く。
薄絹に包まれた灯は、
その月光へ押し負けるように、
足元で小さく揺れていた。
どこにも継ぎ目がない、白石でできた壁。
その壁をくり抜いた壁龕に、
歴代王達の剣が整然と安置されていた。
銀、黒、宝石を埋め込まれたもの。
細身のものもあれば、古い時代の重厚な剣もあった。
それが幾重にも。
円筒状の壁を囲むように、
下からは見えないほどの高い位置まで。
まるで歴代の継承者達が、
今もここで眠り続けているみたいだった。
「…………」
Lunariaは、
ゆっくりと視線を巡らせた。
祭殿の中央の台座に、
横たえられた剣があった。
獅子を象った鍔。
白銀の大剣。
傷一つない刃が、
静かな月光を反射している。
「……兄様。」
小さく。
声にならないほど小さく、
唇が動く。
兄の剣だった。
ほんの少し前まで、
この剣は中央の座へ突き立てられていた。
この国へ、
夜を繋ぎ止めていた剣。
今は静かに横たわっている。
ヨルの継承者の空位。
それを世界そのものへ突きつけているように、
中央の台座には何もなかった。
Lunariaは、
獅子の大剣にそっと手を触れてみた。
刀身の根元の部分に、
小さく名前が刻まれていた。
〈Leonis〉
「――――」
『なぁ』
亡くなる直前、兄が言っていたことを思い出す。
『一回でいいから、呼んでみてくれねぇ?』
なんだか気恥ずかしくて、
Lunariaは誤魔化してしまったけれど。
兄は、一度だけこう言っていた。
『誰も呼んでくれねぇんだよ』
ほんの少しだけ、寂しそうに。
『Leonis、って』
「……Leonis。」
兄の、名前。
Leonis。
Leonis。
Leonis。
今ならわかる。
兄の気持ちが。
今なら、何度だって呼べるのに。
……どうして。
私は呼ばなかったの。
兄と同じく。
今、Lunariaの名前を呼んでくれる者はいない。
「……っ!」
Lunariaは、
祭祀剣で自らの手のひらを切り裂いた。
Leonisの剣に、その血を落とす。
なぜそうしたのか。
自分でもわからなかった。
でもそうしなければならないと、
わかっていたように身体が動く。
とたん、
巨大な質量がLunariaの身体へのしかかった。
――――――ぐわん。
……来た。
「――――」
祭殿の、
そこここにある深い闇。
ずるりと。
月明かりの隙間を縫うように、
夜が動く。
まるで、
Lunariaを待ち構えていたかのように。
息が詰まり、視界が揺れる。
祭殿そのものが傾いたみたいに、
まっすぐ立っていられない。
けれど。
Lunariaは、ゆっくりと剣を持ち上げた。
もう、迷わなかった。
祭殿中央にある、継承の座。
そこに、自らの祭祀剣を深く突き立てた。
――瞬間。
Lunariaの世界は、まっ白に染まった。




