継承の回廊
「夜を繋ぐ王よ。」
空間に、
声が響いた。
初めて聞く呼び名。
それが自分のことだと気づき、
Lunariaの濃紫の瞳がわずかに揺れた。
継承の回廊。
祭殿へ続くその回廊には、
静寂と薄絹に包まれた灯だけがあった。
深い夜。
祭殿の向こう側に、明るい月が高く昇っていた。
その奥で――
月よりもさらに重たいものが、
静かにこちらの様子を伺っている。
二人の神官が一振りの剣を捧げ持ち、
祭祀長の前に跪く。
祭祀長は銀色の細身の剣を、
恭しく手にとった。
それは新たな継承者の為にしつらえられた、
Lunariaを象徴とするものだった。
Lunariaは祭祀長から剣を受け取る。
不思議と、手に馴染んだ。
冷たい…。
実戦で使う剣より、遥かに軽い。
鞘はなく、象徴としてのみの剣だった。
両腕で抱くように捧げ持ち、回廊の真ん中に降り立つ。
その後ろへ、
二人の付き添い人が静かに立った。
言葉を発してはならない。
だから。
誰も、
何も喋らなかった。
シャン……。
鈴の音が、
ひとつ鳴った。
それを合図に、
Lunariaは歩き出した。
シャン……。
シャン……。
鈴が鳴るたび。
白い石床へ、
靴音が落ちる。
祭殿に近づくにつれ、
夜の存在が濃くなっていく。
シャン……。
呼吸の音すら、
吸い込まれていく。
回廊の奥。
境界の向こう側で。
巨大なものが、こちらを見ている。
シャン……。
また、鈴が鳴る。
瞬間。
――――――――ぐわん。
……来た。
不意に、
空間が大きく歪んだ。
「……っ」
Lunariaの身体が、
激しく揺れる。
まるで。
地震に叩きつけられたみたいに。
視界がぐらりと傾いた。
石床。
灯。
回廊。
月に照らされた祭殿。
全てが、
一瞬だけ遠ざかる。
近い――
あまりにも。
ぞわりと、
全身が粟立った。
Lunariaのすぐ後ろで。
誰かが、
息を呑む気配がした。
けれど、
誰も言葉を発しない。
発してはならない。
シャン……。
また、
鈴の音が鳴る。
一歩、踏み出す。
その瞬間。
――ふらりと。
Lunariaの身体が、
前へ崩れた。
視界の端に、白い袖が過ぎった。
熱を持った手。
咄嗟に、
腕を支えられる。
「…………」
静かな呼吸だけが、
すぐ傍で聞こえた。
深く被られた白布の奥は、
見えない。
けれど。
その手には、
確かな熱があった。
ゆっくりと。
支えるように、
身体を立て直される。
「…………」
そして、静かに離れていった。
シャン……。
鈴の音だけが、
静かな回廊へ響いている。
一歩。
そして、一歩。
祭殿は、
もう目の前だった。
Lunariaが、
最後の一歩を踏み出した瞬間。
シャン……――――――
鈴の音が、
長く尾を引く。
そして、歩みが止まった。
「…………」
振り返らなくても、
わかった。
付き添い人達は、
ここまでなのだ。
祭殿へ入れるのは、
夜を繋ぐ王のみ。
付き添い人達は静かにLunariaから離れ、
祭殿入り口の両脇に控えた。
一瞬、躊躇う。
二千年。
劍国初代の王以降、
ここに女性が立ち入ったことはない。
……私に、繋げるものなのかしら。
祭祀長に視線をやると、
Lunariaを促すように目を伏せた。
――やらねばならない。
近くで見上げる祭殿は、
大地を貫く剣のように、高く聳え立っていた。
夜の気配は、Lunariaを拒んではいない。
だが。
――じっと、待っている。
捉えるように、息を潜めて。
「…………」
Lunariaは、
ぐっと手にした柄を握りしめる。
ひとつだけ息を吸い、唇を引き結ぶ。
そして。
剣を携えて。
たった一人で、
その奥へ足を踏み入れた。




