夜を渡る
シャン……シャン……。
夜に満ちた石畳の街に、
鈴の音だけが響いている。
灯は落とされ。
人々は窓を閉ざし。
ただ、
淡い灯籠の明かりだけが、
ゆっくりと石畳を渡っていた。
三台の渡り車。
白布で覆われたその姿は、
まるで夜そのものを運んでいるようだった。
誰も、
通りへ姿を見せない。
それがこの夜の決まりだった。
禊の夜。
〈剣〉が神殿へ渡る間、
人は顔を上げてはならない。
見送ることは許される。
だが。
“見て”はならない。
古い言い伝えだった。
もっとも、
その理由を知る者は今では誰もいない。
街の人間達にとっては、
ただの古い祭祀。
王族にとっては、
継承儀礼。
神殿にとっては、
秘儀。
だが――あれは。
世界の理、そのものだ。
青年は、
静かに視線を上げた。
薄衣で覆われた灯りが、
夜の王都を流れていく。
三台のうち、真ん中。
その渡り車の周りだけ、
空気が重い。
中は見えない。
それでも、わかった。
……本物だ。
青年は、
ゆっくりと目を細める。
国の象徴〈剣〉の継承。
禊の夜。
その際、
〈剣〉――王女へ同行する者は二人。
宵の国より一名。
黎明国より一名。
古い盟約によるものだ。
劍国が世界を繋ぎ止める限り、
三国はその場へ立ち会う。
それが遥か昔から続く、
世界の均衡を保つ為の約束だった。
灯が、
静かに揺れる。
……瞬間。
「――――――」
空気の奥で、
何かがざわりと動いた。
青年は、
無意識に胸元へ手をやった。
白い布越しに、冷たい金属の輪郭を確かめる。
……見ている。
いや。
こちらを、
認識した。
青年の喉の奥が、
微かに軋んだ。
「………………」
渡り車は、
静かに夜の奥へ消えていく。
シャン……シャン……
灯りが遠のく。
夜は再び、静けさを取り戻していた。
鈴の音だけが、
闇の中に長く残っていた。




