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ヨルから生まれた物語【第二部連載中】  作者: 灯ノ森みつき
【第二部】第四章《花冠》

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2-58話 名前のない剣

第二部 撰択編


神殿内の回廊を歩きながら、

Lunariaは俯いていた。


……いた。


あの人が、いた。


花輿の中から、一瞬だけ目に映った姿。


会わなきゃって思っていたのに。


――近づけなかった。


灯された燭火だけが、

Lunariaの足元を淡く照らしていた。


先導するのは、二名の女性神官だった。


付き従う巫女達の衣が揺れる。


歩みに合わせて揺れる下衣の裾が、

白花の井戸で見たリリアンの花みたいだった。


あの場所でも、彼はそこにいたのに。


――また、目を逸らされた。


どうして。


「…………。」


やがて、水音が聞こえてきた。


地下深くにある禊の間。


静かな水面が、

燭火を映して揺れている。


「こちらで、身を清めていただきます。」


女性神官がそう言うと、

付き従う巫女達が静かに、

Lunariaの頭に戴く花冠を取り去った。


同時に解かれた白銀の髪が、

肩へ流れ落ちた。


身につけた衣類も、ひとつひとつ。


ゆっくりと取り外されていく。


誰も声は掛けない。


静かな所作だけが続いていった。


禊の水に身を浸しながら、

Lunariaは小さく息を吐いた。


先ほどまでの歓声も、

鈴の音も、

ここには届かない。


兄が亡くなった日。


兄から全てを受け継いだ日。


他にも何度もここへ来ているけれど、

……慣れない。


何度来ても、少し怖かった。


前回の継承儀式では、

この場所から神官が失踪していた。


禊の間を満たす暗い闇と、

深い水の底に、

自分の存在そのものが飲み込まれてしまいそうな気がしてしまう。


「………Yule。」


響く水音に、

呼んだ名前はかき消された。


気配が薄い。


近頃、とても。


夏至が近づくにつれ、

Lunariaは夜の存在を遠くに感じていた。


Yuleがいないと、不安になる。


消えちゃったら、どうしよう。


兄様みたいに。


水面から上がると、

薄い衣だけを身につけられる。


他は全て、取り去られた。


「――ツルギ様。」


「……。」


――――『ツルギ様』


そう呼ばれ、

身につけたものの最後のひとつである、

自身の名前さえも剥ぎ取られた。


ここでのLunariaは、

王でも、ヨルの継承者ですらない。


ヨルを繋ぎ止める、一振りの劍だった。


神官達は、再び歩き出す。


神殿のさらに奥へ――


回廊は細くなり、

やがて重い石扉の前で神官達は立ち止まった。


二人がかりで、

ゆっくりと扉が開かれる。


神官達は一礼し、

その場に控えた。


ここから先、付き従う者は巫女達だけだ。


先頭の巫女は神官から灯りを受け取り、

歩みを引き継ぐ。


「……。」


歩みを進めるほど。


少しずつ、少しずつ。


夜の気配が濃くなる。


一歩、一歩。


Yuleの輪郭が戻ってくる。


代わりに、胸の奥がざわついていく。


知らず、呼吸が浅くなった。


身体が、熱い。


頭の奥が、

ぼんやり霞む。


巫女達の衣擦れの音だけが、

妙に耳へ残った。


何かがおかしい。


そう思うのに、

身体は少しずつ言うことをきかなくなる。


いくつもの扉を抜け。


やがて、神殿最深部に辿り着いた。


石扉の前で、

巫女達は足を止める。


「こちらで、夜明けまでお過ごしください。」


それだけを告げられ、

中へ導かれる。


部屋には何もなかった。


白い石壁。

白い石床。

中央に寝台が一つ。


壁際には、

水差しだけが置かれている。


飾りも、書物も、窓さえない。


天井近くの小さな明かり取りから、

夜の気配だけが落ちていた。


見渡した部屋の中は、

思っていたよりもずっと質素だった。


「ヨルと共に。」


巫女達が下がり、重い石扉が閉じた。


鈍い音が響く。


続いて、外から鍵が掛けられる音がした。


まるで封印だった。


「…………。」


部屋の隅。


月の明かりの届かぬ場所に、

馴染んだ気配がずるりと動いた。


――――《Lunaria》


「……ここにいたのね、Yule。」


Lunariaは、微笑んだ。


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