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ヨルから生まれた物語【第二部連載中】  作者: 灯ノ森みつき
【第二部】第四章《花冠》

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2-53話 白花の井戸

第二部 撰択編


まだ空は暗かった。


「起きてください。」

「痛いっ。」


Ulricに背中を叩かれて、Elliottは肩をすくめた。


夜明け前。


神殿の地下にある井戸に、

Elliott達は祭祀の準備に訪れていた。


「まだ夜ですよ……。」


どれだけ叩かれようが、

眠いものは眠い。


Elliottはまだ半分しか開かない目で、

辺りを見渡した。


不思議な場所だった。


神殿の庭にある岩場の隙間から、

地下へどんどん潜っていく。


初めは人の手で整えられた通路だった。


けれどいつしか足場は剥き出しの岩になり、

それを削って作ったような古い階段に変わっていった。


その先にある、大きな空洞。


神殿の地下深くにあるにも関わらず、

岩壁には木の根が這い、

その隙間を縫うように蔦が垂れていた。


その真ん中に、祭祀の行われる井戸があった。


「……すごい場所ですね。」


Ulricが、天井を見上げながら言った。


Elliottも見上げてみたが、

暗すぎてどこまで続いているのか見えなかった。


Ulricは背中に背負っていた空の水桶を下ろし、

すでに来ていた他の夏至祭準備室の面々に一礼する。


Elliottも両腕に抱えていた水桶を下ろし、

頭を下げた。


「おはようございます。」


まだ、目は開かなかった。


「おはようございます。」


官僚は苦笑していた。

壁際に、運んできた水桶を重ねて並べている。

自分達の持ってきた水桶もその中に加えた。


思っていたより……多かった。


「これ全部、この井戸から汲むんですか?」

「ええ、祭祀に使われる水は全てこの井戸から運び出します。」


「全部ですか。」

「はい。もっとも、女王が汲まれるのは初めの三杯だけですけどね。」


Elliottは、背後にある井戸を振り返った。


水面に降ろされた古いつるべが、

どこからか入ってくる風に静かに揺れている。


その周りには、

白い蕾をつけた草花が群生していた。


夜明けを待つように、

どの花も固く閉じられている。


「Aurora lilian――これが、リリアンの花ですか。」


足元の白い蕾を見ながら、

Elliottは口にした。


「ええ、王家の象徴となる花です。」


初めて見るリリアンの花は、

Elliottが思っていたよりも大きかった。


劍国王家の家紋にもなっているその花の種は、

他の場所に撒いても何故か芽を出さない。


劍国だけに咲く、特別な花だった。


「美しいですよ。」


そう言う官僚は、どこか少し誇らしげだった。


ちょうどその時、

奥の方から数名の神官と巫女が姿を現した。


反対側の入り口は、

神殿内部と通じているようだ。


以前、Elliottが調査した、

祭殿下の地下水路に繋がっているのだろうか。


「そろそろ来られます。」


官僚の言葉を合図に、

一斉に灯りが消された。


洞窟の中は、

先ほどよりも薄明るくなっていた。


奥から、祭祀長が現れる。


続いて、神学生の服を着た黒髪の青年。


……どこか、見覚えがあったように思える。


神官、巫女達。


その後ろに――劍国女王、Lunaria陛下。


巫女達と同じような薄物を着て、

髪にリリアンの蕾を挿している。


「…………。」


その護衛に、兄のEthanが付き従っていた。


その場にいた運営側の者は皆で一礼すると、

全員気配を消すかのように壁際に並び直した。


神殿での祭祀では、

『その場にいない者』は、

声をあげてはならない――


それが、掟だった。


公には、

神殿側に属さない夏至祭準備室の人間は、

この場にいないことになっている。


祭祀長から説明を聞き終えた女王が、

ふいに顔をあげてこちらを見た。


「…………。」


俺を、見ているらしかった。


――言いたいことが、あるようだ。


心当たりは……山ほどある。


けれど今のElliottは、

声を上げることが出来ない。


居た堪れなくなって、

Elliottは視線を逸らした。


行き場をなくした女王の視線が、

小さく地に落ちた。


直後、何故か背後にいるEthanに睨まれる。


……どうしろっていうんだ。


皆が立ち位置に着き、

そのまましばらくが過ぎた。


祭祀長は、何かを待っているらしかった。


洞窟内の空気はまだ冷え込んでいて、

薄物を着ている女王も巫女達もどこか寒そうだった。


まだ始まらないのか――


そう思った時。


一筋の光が頭上から落ちた。


遥か高い岩の隙間から、

朝の光が洞窟の中に差し込んでくる。


次々と。


光の筋は増えていく。


その光を受けて、

リリアンの蕾が一斉に咲き始めた。


「……っ。」


思わず、息を呑んだ。


これが、白花の井戸――


女王の髪に挿された蕾も、

日を受けて花開いた。


一瞬の後。


洞窟の中は、

光とリリアンの花の香りで満ち溢れていた。


「……。」


白花の井戸。


Elliottは、ようやくその名前の意味を知った。


祭祀長に促され、女王はつるべに手をかけた。


水を汲もうとつるべを引っ張るが、うまくいかないようだった。


……そもそも、井戸の水なんて汲んだことがなさそうだった。


それでもなんとか井戸の口近くまで引き上げるが、ふらついてEthanに支えられていた。


女王は井戸の底を覗き込み、

Ethanに何かを尋ねている。


兄の返事に女王は頷き、

そしてもう一度つるべに手をかけ直した。


護衛の兄は、話しても良いようだった。


……ずるい。


女王は、もう一度つるべを引いた。


今度は先ほどよりも慎重に。


ゆっくりと井戸口に桶を引き上げる。


……なんとか汲めたようだった。


無事に汲み上げた一杯目の水桶を手に、

女王はほっとしたように顔をあげた。


そして、嬉しそうにEthanの方を振り返った。


その後も水が一杯汲めるたびに、

女王はEthanに向かって笑いかけていた。


嬉しそうに。


「……。」


兄も、心なし微笑んでいるようだった。


そうして三杯の水を汲んだ後、

女王と祭祀長達は神殿の方へ退室していった。


ようやく緩んだ空気に、

皆が胸を撫で下ろした。


残りの水を汲むために残った神官達へ、

水桶を回していく。


先ほどの神秘的な光景は遠のき、

すっかり空気は日常に戻ったようだった。


「美しかったでしょう?」


ふと、Elliottの目の前に

三輪のリリアンの花が差し出された。


顔を上げると、先ほどの官僚だった。


美しいと言ったのは、

リリアンの花が咲く瞬間のことだったのか。


ふと、女王の髪に挿されたリリアンの花が思い出された。


Elliottが頷くと、官僚は満足そうに微笑んだ。


「この花を、陛下の汲まれた水に浮かべておいてください。」


彼はそう言うなり、

忙しそうに水桶を運ぶ仕事に戻って行った。


「いやいや、緊張しましたな。」

「無事に終わって何よりです。」


井戸の近くでは、

ほっとした官僚達が、

神官達に桶を手渡しながら世間話を始めていた。


「ですが、陛下は落ち着いておられましたな。」

「ええ、護衛のEthan殿に心を許されておられるようでした。」 


……Elliottにも、そう見えた。


「そのようですな。」

「なかなか、お似合いなのでは。」


「こればっかりは、神のみぞ知る、ですか。」

「いやいや。」


「ヨルのみぞ知る、ですな。」

「違いない。」


そう話しながら、官僚達は笑い合っていた。


「――――」


胸の奥に、僅かな棘を感じた。


女王の汲んだ水桶に花を浮かべながら、

Elliottは先ほどの光景が頭から離れなかった。


「Elliott様。」

「…………。」


リリアンの花が浮かべられた、

三杯の水桶。


返事のないElliottの背後で、

Ulricが唇を固く引き結んでいた。


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