2-51話 嘘はついていない。
第二部 撰択編
その日の仕事を終えた頃には、
外はすっかり薄暗くなっていた。
前夜祭は既に始まっているらしい。
王都の方角から、
微かに音楽が聞こえてくる。
「お疲れ様でした。」
隣を歩く侍従が言った。
「Ulricも、お疲れ様。」
二人とも、疲れ果てた顔をしていた。
夏至祭前日だけあって、
さすがに忙しい。
今日は一日中、
王都を動き回っていた気がする。
神殿との調整。
来賓対応。
祭礼関係の確認。
細々した連絡が多く、
それら全ての穴埋めにElliott達は駆り出されていた。
三つある街を、あちらに、こちらにと、
今日一日で何往復したんだろうか。
そもそも、劍国王都が広すぎた。
神殿の西側にある広場からしばらく歩き、
王弟家に割り当てられた屋敷がやっと見えてきた。
ようやく休める。
早く風呂に入りたい。
そう思いながら門を開いた。
「ただいま戻りました。」
玄関から中へ入ると、
珍しく応接室には灯りが入っていた。
叔父はこの時間、
大抵書斎にいる。
来客だろうか。
……こんな時間に?
違和感を覚えながら廊下を進むと、
中から微かに話し声が聞こえた。
……聞き覚えのある声だった。
Elliottは応接室の扉を軽く叩く。
「叔父上、失礼します。」
「どうぞ。」
すぐさま返ってきた声に、
Elliottの動きが止まった。
叔父の声ではない。
しかし、聞き慣れた声だった。
まさか――
「やぁ、久しぶり。」
扉を開いた瞬間、Elliottは固まった。
「――兄上。」
応接室の中央。
長椅子へ腰掛け、
長兄は優雅に酒盃を傾けていた。
まるでそこが自らの屋敷であるかのように、
すっかり寛いでいるようだった。
「――Edric様。」
すぐ後ろから入ってきたUlricは、
顔色ひとつ変えなかった。
「Ulricもご苦労だったね。」
「いつ来られたんですか。」
「さっき。」
Ulricは、涼しい顔を崩さなかった。
Edric付きの侍従には、慣れっこになっているのだろうか。
「…………。」
なぜ、兄がここにいる。
Elliottは、嫌な予感しかしなかった。
ふと、長兄の隣にいる叔父と目が合った。
叔父は茶を飲み、
そして――Elliottから視線を逸らした。
「……叔父上。」
「…………。」
答えなかった。
「ただいま戻りました。」
玄関の方から、次兄の声が聞こえた。
続いて聞こえる足音。
そして、応接室の前で立ち止まった。
「――兄上。」
Elliottと同じように、
Ethanも固まっていた。
そして、Elliottをちらっと見て。
「……嘘はついてない。」
ぼそっと言った。
「…………。」
誰も言葉を発さない。
誰も目を合わそうとしない。
――おかしい。
そんな空気など意にも介さず、
長兄だけが悠々と酒を口に運んでいた。
「僕も仕事だよ?」
Elliottが問いかけるより先に、
長兄が声を上げた。
微笑む。
「叔父上。」
「あー……急な変更があってな。」
茶を濁す。
Elliottは確信した。
「小兄上。」
「何だ。」
「知っていたんですね。」
「これは知らなかった。」
Ethanは言った。
Ulricは、壁際で天井を見上げている。
「……“これは”?」
引っかかる。
「他にも、何かあるんですね。」
「…………。」
Ethanは、黙っていた。
宵の国王弟家の長男。
次男。
そして、三男の自分。
今年の夏至祭。
布陣があまりにもおかしすぎる。
同じ外交の場に、
同じ家の王族が揃いすぎている。
ゆっくりと視線を巡らせる。
長男。
次男。
叔父。
最後にもう一度、
長男を見る。
「兄上。」
「何だい。」
「一体、これはどういうことですか。」
訝しむ弟に向かって、
Edricは、実に楽しそうに微笑んでいた。




