2-29話 渡したいもの
連絡局の男は、
乱れた寝台を見下ろした。
深いため息が漏れる。
「……なんで私が。」
誰に聞かせるでもなく、毛布を引き上げる。
床に落ちていた衣服を拾い、枕を戻した。
およそ、
神学生の部屋とは思えない有様だった。
浴室から水音が聞こえる。
先程まで寝台にいた青年は、
ひどく機嫌が悪かった。
『遅い。風呂』
用意しろと。
開口一番、それだった。
いつもだって愛想はないが、
今日はことさら悪かった。
黎明国側の神殿組織本部から、
男に回ってきた役割。
”それ”が確かに行われたかを確認する仕事。
整えかけた寝台へ男は視線を落とした。
「……女側はいいよな。」
ぽつりと呟く。
自分と同じ仕事を任された、
連絡局の女を思い出す。
男からすれば、
あまりにも羨ましい役目だった。
しかも女性側は、
うまくいけば出世にもつながる。
自分はどうだ。
当たられて。
気を遣って。
しかも、こんな後処理まで。
男にとってこの仕事は、何の旨みもない。
――これ以上の、出世にもつながらない。
「……。」
しかも見せつけられる。
自分の、欲の部分を。
「……くそ。」
シーツの皺を伸ばし、
じっとそこに目線を落とした。
――初めは、上手い話だと思ったんだ。
だが……。
浴室の扉が開く音がして、
黒髪の青年が髪を拭きながら現れた。
先ほどとは違い、きちんと衣服を整えて。
「……何。」
睨まれる。
機嫌は、相変わらず悪そうだった。
「いえ。」
後ろへ下がり、首を垂れる。
青年は、男にとって、
黎明国神殿からの大切な預かり物だった。
丁重に扱え。
何よりも。
それが身体に染み付いている。
「…………。」
青年は、しばらく男から目線を離さなかった。
「本日の確認は終わりました。では……。」
居心地が悪くなり、男はそのまま下がろうとした。
「――ねえ。」
青年に呼び止められ、
男は反射的に動きを止めた。
逆らえない。
「……なんでしょう。」
黒髪の青年は、ほんの少しだけ微笑んだ。
そして。
「――――」
ふいに男に近づき、小さな声で耳打ちした。
「……だから次は、もっと早く来てよ。」
「…………。」
男は、声を出せなかった。
――『あなたに渡したいものがあるんだ』
彼は、確かにそう言った。




