2-19話 劍国おじさん会議
扉が閉まる。
Lunariaの姿が見えなくなると、
政務室には重い沈黙が落ちた。
机の上には三通の釣書。
そして。
山のように積まれた、
選ばれなかった釣書。
それらを前に、
官僚達は呆然と立ち尽くしていた。
やがて――
「……どうしましょうか。」
年配の高官が口を開いた。
「どう、と言われましても……」
別の高官が額を押さえる。
「陛下は決められたのでしょう?」
「決められましたな。」
「決められました。」
「確かに、決められました。」
全員頷く。
だが。
「どなたを?」
再び沈黙が落ちた。
「…………。」
「…………。」
「……Elliott殿下では、なかったのか?」
「私も、そう思っておりました。」
「私も。」
「私もです。」
「……だが、陛下は“どなたでも”とおっしゃった。」
「我々の勘違いだったのか……。」
「わからん。だが、ああ仰られた以上決めねばなるまい。」
高官の一人が、長男の釣書を開く。
「長男、Edric殿下は二十九歳。」
「外交官として、王宮に勤めておられます。
外交経験も豊富ですので、まだ経験の浅い女王陛下の強力な補佐となりましょう。」
「申し分ありませんな。」
全員頷く。
「見目も麗しいとか。」
「あの方は、華がありますな。」
「ええ、あります。」
全員頷く。
次に、次男の釣書が開かれる。
「次男、Ethan殿下は二十八歳。」
「宵の国騎士団で、要職についておられます。
軍での政務にも携わっておられる優秀さ。実直なお人柄で、文武両道の頼もしいお方です。」
「申し分ありませんな。」
全員頷く。
「王弟殿下に最も似ておられるそうです。」
「ほう。」
「……男前ですな。」
「男前です。」
「いやはや。」
全員頷く。
最後の釣書は、三男のものだった。
「三男、Elliott殿下は二十三歳。」
「この方が、例の。」
全員頷く。
「真面目で穏やかな方だとか。」
「将来有望。」
「現在は政務官をされておりますな。」
「優秀な方だそうです。」
しばらく沈黙が落ちた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
やがて。
誰かがぽつりと呟く。
「……全員、大当たりですな。」
「こら。」
即座にたしなめる声が飛んだ。
「肖像画は?」
「こちらに。」
別の高官が書類の束を探る。
「陛下はご覧になられませんでしたが……。」
数枚の紙が机へ並べられた。
政務室へ沈黙が落ちる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
最初に口を開いたのは、
最年長の高官だった。
「これはこれは。」
「いやはや。」
「男前ですな。」
「男前です。」
「ならば、順当に長男殿で。」
「しかし、陛下は長男殿とは仰っておらぬ。」
「……確かに。」
そうだった。
「次男殿は?」
「非常に良い。申し分ない。」
「しかし、陛下は次男殿とも仰っておらぬ。」
「…………。」
そうだった。
再び沈黙。
その時、一人の高官が
何かを思い出したように顔を上げた。
「……そう言えば!」
「なんです?」
「以前、西棟に宵の国の臨時政務室が置かれていた頃の話なのですが……」
言いながら記憶を辿る。
「Elliott殿下がご帰国される際、頬に傷を作っておられました。」
「それが、どうしたのだ。」
「いえ……陛下は見送りには行かれなかったのですが、少し気になるところがありまして。」
高官は首を傾げる。
「なんだ?」
「その……陛下が窓からElliott殿下をご覧になって、少々ご不快なお顔をされていたような。」
高官達は、静まり返った。
「――Elliott殿下は、目を逸らしておられました。」
「頬に傷。」
「目を合わせない。」
「陛下は、怒っておられる。」
「もしや、痴話喧嘩では?」
「……お前は何を言っている?」
「しかし、状況だけを見ればそのようにも――」
「――確かに、見える。」
誰にも、確信はない。
曖昧だった。
だが、思うところはある。
「いや、仮にそうだとしても――している場合ではないだろう!?」
「しかし、でも……」
「だから、我々が王弟家に催促するまで三男殿のお名前が挙がらなかったのか?」
「陛下も意地を張って、お名前を挙げられなかったのでしょうか?」
「そんな……。」
「だが、あり得る。」
「――ならば、我々が勝手に王配を選ぶことはまずいのでは。」
「…………。」
「…………。」
「……それは、まずいだろう。」
全員が頷いた。
「陛下は、Elliott殿下から頂いたお茶を大切に飲まれておりましたな。」
「そうだった。」
「Elliott殿下も、寝る間を惜しんで陛下の政務を手伝っておられた。」
「ならば、やはりElliott殿下ではないか。」
誰かが口を開く。
「しかし――陛下は三男殿とは仰っておらぬのだ。」
その通りだった。
「……もう、分からん。」
誰かが言った。
「分かりませんな。」
「分かりません。」
「どちらにせよ、我々に決められることではございません。」
「王弟家へ打診しましょう。」
ようやく結論が出た。
全員が安堵したように息を吐く。
「先方に委ねましょう。」
「それがよろしいかと。」
「それが一番ですな。」
官僚達は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
まだ、誰も知らない。
数日後。
宵の国から送られてくる書簡が、
更なる混乱を招くことを。




