2-16話 王弟子息、三人
「…………なぁ、Ulricよ。」
「はい、王弟殿下。」
「最近のEdricの様子はどうだろうか?」
「どう、と言いますのは……?」
宵の国・王弟家の執務室で、
三人の息子を持つ王弟は頭を悩ませていた。
傍に控えていた侍従のUlricに、
一通の書簡を差し出す。
「劍国にいる義弟から、こんなものが届いた。」
Ulricは受け取った書簡に目を通した。
――――――――――――――――――――
王弟殿下
劍国官僚より、
王弟家へお尋ねしたい旨、
打診がございましたのでご報告申し上げます。
現在、劍国女王陛下におかれましては、
王配候補の選定を進めておられますが、
いまだご決断には至っておられません。
十年前に神殿側へ提出され、
現在も保留となっている長男Edric殿の釣書につきまして、
辞退のご意思がおありでない限り、
引き続き候補としてお預かりしたいとの申し出がございました。
また、
次男Ethan殿、
三男Elliott殿につきましても、
王配候補としてご検討いただけないか、との打診を併せて承っております。
正式なお返事を急ぐものではございません。
王弟殿下のご意向をお聞かせいただけましたら、こちらより劍国官僚へお伝えいたします。
以上、ご報告申し上げます。
――――――――――――――――――――
「――これは。」
「正直、返答に困っておる。」
王弟家としても、これ以上ないほど光栄な申し出だ。
隣国・劍国女王陛下の王配候補。
しかも、先方から望まれている。
断る理由などどこにもない。
むしろ、ここで候補を出さぬ方が王弟家としては不自然ですらあった。
ただ、問題は誰を出すかではない――
三人とも出しても良いものか。
それが問題だった。
「……三人ともですか。」
普段ほとんど表情を変えないUlricが、
珍しく目を瞬いた。
「どう思う?」
「……Edric様は、表立って懇意にされているご令嬢はお見受けいたしません。」
「そうか。」
「先日も、ご婦人のお一人に頬を引っ叩かれておられましたので。」
「……そうか。」
あいつ、またやったのか。
少なくとも、
Edric自身に、
釣書を取り下げる理由はなさそうだった。
「Ethanは?」
「Ethan様は、そのようなお話を耳にしたことがございません。」
「そうか。」
華やかな場を好む長男と違い、
次男は、夜会や晩餐会をことごとく「公務」の理由で蹴っている。
だが。
あの片耳の耳飾りを見る限り……
誰かは、いるはずなのだ。
「……その、相手らしき女性と会っている様子もないのか?」
「朝は騎士団、夜は書斎におられます。」
「毎日?」
Ulricは頷く。
「一年を通して、そのようなご様子です。」
「……そうか。」
王弟にも、若い頃に覚えがあった。
騎士の間では、片耳の耳飾りは、
想いを寄せた相手への忠誠の証だとか。
今になって思い返すと、
少々恥ずかしい。
Ethanがそれを身に着け始めたのは、
十代の頃だったか。
以来、
一度も外しているところを見た事がない。
「……あいつも、報われないな。」
どうやら、不毛な恋をしているらしい。
だが、
家名の為となればEthanは断らないだろう。
ならば。
「Elliottは……。」
三男のことを尋ねると、
Ulricはわずかに眉を顰めた。
「――難しそうですね。」
「ああ、面倒だ。」
こいつが、一番手強かった。
真面目。
素直。
穏やかな性格だが、
思ったことはすぐ顔に出る。
だが――この上なく、頑固な部分もあった。
Elliottは、
王配として行けと言われれば、
おそらく従うだろう。
しかし、それは納得してではない。
「一番、適任なんだがな……。」
「そう思います。」
「Elliottはどんな様子だ?」
「……気にされていますね。」
「劍国女王をか?」
「はい。」
「Elliottは、先代の劍国王と親しくしていたな。」
「ええ、それはもう。」
「なら――」
「でも、ご本人はお認めになられません。」
「……なぜだ。」
「さあ……。」
Ulricは、
何かを知っているのか少し視線を逸らした。
「それに、女王陛下とは正式には会われたこともないそうです。」
「気にしているのにか?」
「……まぁ、色々とあるようです。」
Ulricは、言葉を濁した。
本人なりに、理由があるのだろうか。
王弟は首を傾げながら、
もう一度書簡に目を落とした。
「――三人とも、か。」
とうとう、頭痛がしてきた。
Edricだけを出す――
もしも女王に選ばれれば、宵の国王である兄から散々嫌味を言われるだろう。
兄はEdricを重宝している。
Ethanだけを出す――
軍務の穴は、どう埋めるのか。
これも、国王から嫌味を言われるだろう。
ならば、Elliottだけを出す――
おそらく、これが最適解だ。
だが。
本人にそれを告げると、
まず間違いなく理由を問うだろう。
“兄達より動かしやすいから”
“国への損失が少ないから”
そんな理由では、Elliottは決して納得しない。
『王配候補』
ありがたいはずのその文字が、
とても重苦しいものに思えてきた。
胃まで痛みだしたような気がする。
「どうしたものか。」
ならば、三人とも出さない――
それはそれで、角が立つ。
「…………。」
王弟は、しばらく書簡を睨みつけていた。
「……もう、いいか。」
王弟は小さく息を吐いた。
全員分、出してしまえ。
あくまで、『候補』なのだから。




