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ヨルから生まれた物語  作者: 灯ノ森みつき
一部:第一章『継承』

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近づく

《――お前でいい》


どこかで。


声が聞こえた気がした。



「…………」


目を開けた瞬間。


自分が、

どこにいるのかわからなかった。


薄暗い天蓋。

閉ざされた帳。


ぼんやりと視線を彷徨わせてから、

ようやく自室だと気づく。


――頭が重い。


身体も。


まるで、

深い水の底へ沈んだまま浮かび上がれていないようだった。


ゆっくりと息を吐く。


その音だけが、部屋に響いた。


……静かすぎる。


昨日までの城は、

来賓達の気配で満ちていた。


足音。

声。

楽師達の奏でる音。


絶えず誰かが動き、

誰かが言葉を交わしていたはずなのに。


今日は、

それらが遠い。


まるで城そのものが、

息を潜め始めているようだった。


帳の向こうで、

控えめな気配が動いた。


「姫様。」


年嵩の侍女だった。


「お加減はいかがですか。」


Lunariaは、

すぐには答えなかった。


良いとは、とても言えない。


けれど。


「……大丈夫。」


やや遅れて、小さく声を返した。


継承の儀まで、あと半日。


戴冠式まで、あと一日。


大丈夫。


それしか言えない。


侍女は何も言わなかった。


音を立てぬよう、

水差しを卓へ置く。


その横には、

手のつけられていない朝食が残されていた。


……朝食?


Lunariaは、

ぼんやりと窓へ視線を向ける。


閉ざされた薄布の向こう。


差し込む光は、

すでに昼へ近かった。


「……私、

こんな時間まで。」


掠れた声に、

若い侍女がそっと頭を下げる。


「本日のご予定は、

昼前からへ変更されております。」


穏やかな声音だった。


まるで最初から、

そう決まっていたかのように。


「そうなの。」


Lunariaは、

ゆっくりと瞼を閉じた。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


安心したのかもしれない。


今日はもう、

晩餐会へ出なくていい。


誰かへ微笑み続けなくていい。


判断を急かされない。


肩の力が、わずかに緩んだ。


けれど。


ずん、と。


頭の奥が、

再び重く痛む。


――部屋のどこかで。


何か大きなものが、

ゆっくりと動いた気がした。


音ではない。


気配でもない。


もっと――――


暗い水の底で、

巨大な何かが動いた時のような。


ひどく鈍い質量だけが伝わってくる。


Lunariaは、反射的に視線を巡らせた。


……部屋には誰もいない。


Lunariaと、侍女達以外には。


「…………」


濃紫の瞳の先で。


ただ閉ざされた帳だけが、

僅かに揺れていた。

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