20:遠方からの視線の主
宙川さんの問題を解消しているうちに気づけば夕方になりかけていたから、少し日没が早い東京の方でも日が沈んでしまう前に警戒をするべく、警察署の一室を通って挨拶をしつつ屋上へ。
一応、まだギリギリ日が沈んでないくらいで、まぁ、夕方になったからといっていきなりモンスターがポンポン出てくるなんてこともなく、今のところ問題はなさそうだ。
「んーむ……」
迷宮都市側のマンションで受け入れを始めて、今日で七日目、だったかな?
少し温度に集中して見てみると、まだまだあちこちに住人が居るのがわかる。
関東地方ぐらいの大きさしかない世界であるとはいえ、基本的な移動手段が徒歩からせいぜい自転車程度になってしまっているから、何十キロも歩いて転移門まで移動しろってのも無茶だし、迷宮都市側から軽油の提供があって大型バスが運用されるようになったりはしているそうだけど、それでも限度というものはあるわけで。
上級探索者になってさあ上級ロビーの迷宮はどんなもんか、なんて思っていたのに、ここに来てからの日数だと、十日目くらい? 想定外に長く色々やっている。
増員はしてるみたいだけど、どのぐらいで俺の仕事が終わるのか。最低でもあの公民館辺りの住人の移住ぐらいは見届けておきたいところだけど、反応を見る限りではまだ普通に人が住んでるんだよなぁ……。
やってることは係留された巨大漂流船からの人命救助みたいなものなんだけど、現地で人がある程度普通に生活できてるせいで大規模な地上げをやらされてるような気もしてくる。
とはいえ、モンスターが発生していて、野生動物も巨大化してるから、救出一択ではあるんだけどね。魔法少女やらの戦力が潰れるまで一般人を守って最終的に全滅するだけだろうし。
「……うん?」
この東京に来て以降、警戒するような薄い敵意を感じることは結構あって、特に気にしてもいなかったんだけど、かなり遠くから、正確に俺に向けられているものがあることに気づいた。
距離は六〇キロくらいはありそうで、望遠鏡でもちょっと厳しそうな距離だと思うんだけど、それ以上に、そんな敵意を正確に把握できてる自分にちょっと引いたりとか。最近変に鍛えられてる気もするから、ちょっと感度を落とすように意識しておくべきかもしれない。
まぁ、それともかく。元の地点は大体わかったから、ゴーレムに地形を表示させて照らし合わせて見てみると……織宮さんの地元から割と近い。あの辺色々ありすぎじゃない?
ともかく、より正確に見てみると、敵意の発生源は和風建築物が沢山ある山の近く、かな? 正確に位置を合わせられてない可能性もあるけど、近場に行くだけ行ってみるか。
今日もまた未定義な飛行物体ですよーという顔で東京の空を飛び、大体の見当をつけていた場所に到着。周囲は戸建ての家が多い住宅地といった印象で、近くに鳥居や神社も見えた。観光用にしっかり整備されている大きな神社じゃなくて、もう少し普通の、住人向けの縁日ぐらいはできそうな印象の神社。
俺に向いていた警戒心のような敵意は空を高速で飛び始めた俺を見失ったのか向く先が不安定になってはいるものの、発生源は定まっているので見ようとしていた相手がどこに居るかはわかりやすい。どうやら、町内の集会所のような和風建造物の中に居るらしい。
平屋で、一般家庭にしては床面積があって引き戸サイズのガラス窓が並んでる、というか正面玄関も透明なガラスがはめ込まれているタイプで、集会所と書いてある木の板もその横にかかっていた。
人が居る部屋の方は厚いカーテンが閉め切られてて直接は見えないものの、ゴーレムを通して室内の様子を見ることはできる。暇な時間があったおかげで可視光、温度、臭気、振動数、魔力、指定アビリティ等々の表示に切り替えるのは慣れたもので……なんか、全員が神道系の服装な上に、魔力でしか見えない狐らしき耳と尻尾がある人も室内に居る。しかも、警戒心の発生源もそのかなり特殊な人の方。
どんな人が中に居るのかは気になるけど、ひとまず正面から訪ねるかと、電気は通ってなさそうだったから、ゴンゴンゴンと心持ち強めに正面扉の金属部分をノック。中に居た全員に聞こえたようには見えたので少し待つ。
ノックの回数は、昭和の頃は二回が標準的だったとか、航空会社の元社員がローカルマナーを標準的なビジネスマナーとして広めたせいで三回が標準ということになったとかいう話は知ってるけど、あえて逆らう必要性までは感じないというか、そんな所で反感を買うのも面倒臭い。礼儀作法やマナー全体を悪く言う気はないけど、『それをした相手を悪く言っても良い』という認識が行き過ぎてそうな空気は嫌いなんだよねぇ。
……聞こえていたはずだけど、もう一回ノックするかな? と手を構えたところで奥から人が歩いてきた。上はかっちりとした白い狩衣、下は紫色の袴という装いの女性で、実際居るかどうかは知らないけど女性の神職さん、なのかな。年齢は多分成人済みだろうなってことぐらいしかわからない。
「どちら様でしょうか。……あら、その服装、以前どこかでお見掛けしたような……」
「? …………あ、もしかして、一週間ちょっと前に公民館にキックボードで来た人ですかね?」
「公民館……あぁ、そうでした。あの時はどうも」
「いえ、特にお役に立てたわけでもないので」
俺が着ているのは迷宮都市の方では一般的な服で、大まかなシルエットは現代日本にもありそうではあるけど、細かく見ると特徴はあるから覚えられてたのかな。
中の人の方は服装が違ってるけど、顔と声はたしかにそんな感じだった、ような気がする。
「何かを探していたようでしたが、探しものは見つかりましたか?」
「いえ、早めに見定めておきたいところではあるのですが、残念ながら確信を得られるようなものは見つかっていません」
「あぁ、そうでしたか。それは失礼しました」
「いえいえ、気にかけてくださりありがとうございます」
何を探してたんだろうね、この人。中に居る人の警戒心からして俺も探す対象ではあったんだろうけど、その目的の方。
「紗季や、何か問題でもあったのかの?」
「あ、いえ、そういったわけでは。顔見知りではありましたが…………あれ? そういえば、本日は何かご用で……いえ、失礼ですが、貴方はそもそもどういった方なのでしょうか」
この、サキさん? 案外、鈍い人なのかな? いや、扉を開かずにそのまま話してる時点で最低限の警戒心はある感じではあるか。
で、奥の方から声をかけてきたのは、金髪金眼の巫女さん。巫女服が明らかに改造されていたり、夜だからか瞳孔は多少開いてるけど明らかに縦長ではあったりとか、魔力でしか見えない狐耳と狐尻尾(一本だけ)があるのもこの人で、なんかもう明らかに怪しい雰囲気。年齢はこっちも二〇くらいな印象。
いや、それより何か聞かれてたんだっけ。
「まぁ、軽く自己紹介をしておくと、国籍を放棄する手続きはしてないんで多分一応まだ日本人の、只野と言います。カタカナで縦にロハって書くタダに野原の野で只野です。世界がこうなった時に関東以外の地方に住んでた関係で異世界に一足先に流れ着いて、向こうで仕事に就いて、今やってるのは漂流船からの人命救助みたいなものの手助け、ですかね」
「は、はぁ、な、なるほど? ここは、かなり海から遠いと思いますが……」
「比喩ですよ。漂流船っていうのは孤立したこの関東近郊のことで……と、その辺の話は対策本部のサイトで説明されていると思うので、そちらで調べていただいた方が良いかと」
異次元空間上の流れに乗って漂流していた少し前まではともかく、位置が固定された今となってはこの世界をそのまま残したところで防波堤のような役割を担うことになるから、移住が推奨されるとかなんとか。
位置の固定を解除したところで異次元空間上の流れに乗って迷宮都市がある世界に衝突するだけ。元々航行能力なんかなく、仮にそんなものがあったところでどこに向かうんだって問題もある。
「まぁ、怪しいのはわかりますし、今信じてもらえなくても全然構いませんよ。それより、俺はその仕事の一環で発生しているモンスターを狩ったりもしてるんですが……あなた方の方こそどこのどちら様で、何をしておられたんでしょうか」
「な、何をとは? ただの祈祷ですよ。怪しいことなんて何も――」
「いえ、ほんの数分前に、そちらの金髪の方が、かなり距離がある警察署の屋上に居た俺を見てましたよね?」
「は?」
「なっ?!?」
目の前のサキさんとやらは何を言われているのかわかってなさそうな雰囲気ではあったけど、後ろに居た金髪の人は驚いている。
「そんなわけで、随分と遠くから正確に見ているのは誰なのかと、どういうつもりで見ているのかと聞きに来てみたわけです」
「ま、待て待て待て待て、どれだけ距離があったと思っとるんじゃ!」
「空を結構な速度で飛べれば、それほどでもない距離ですよ。そもそも、それができたから今ここに居るわけですし」
「それは、そうなのかもしれんが、お主……何者じゃ? 異世界とか言うておったが、容易に得られる力ではなかろう?」
「あー……異世界の方だとそこまで珍しくもないと思いますよ? 少なくとも、探索者っていう仕事に就いていれば購入もできて、扱いきれるかは練習次第って程度のものです」
「なんと……」
全員がホイホイ入手できるようなものではないものの、中級ロビーの迷宮のボスを倒せれば『飛翔』と『加速』は手に入る。倒せなくてもコツコツ稼いで買うことはできる。中級ロビーでそんなに飛び回ってる人を見た覚えはないけど、まぁ、探索者を視認したモンスターは思いっきり殺しに来るからね。
それにしてもというか、この怪しげな巫女さん、中身は案外まともっぽい? ……ランス博士がこの場に居ないのが悔やまれるな。
「うーん…………お二人とも外見は怪しいところもありますが、人を積極的に害するような存在ではない、ようですね?」
「当然じゃろ? 何故我がそのようなことをせねばならぬのか」
「いや、俺はそちらが誰かも知りませんからね? 神社にでも居たなら神様の類かなーと思ったりもしますが、ここはどうもただの集会所みたいですし、そこに改造巫女服を着ていて見えない耳や尻尾がある金髪金眼の何かが居たら、怪しむぐらいしますって」
「……っ!?」
ただ、なんというか、警戒はされていてもサキさんを守ろうとしているように感じるから、見逃して問題ない類かな。公民館で見た時も含めてサキさんが誰かに殺意のような敵意を向けていたりはしなかったから、二人とも人類と敵対していて……なんて可能性はなさそう。
「……もしかして、リアル陰陽師だったりします?」
「い、いやいやいやそんな居るわけないじゃないですか」
「空を飛べて魔法も撃てる魔法少女なんてのが実際に居たんで、陰陽師くらいならむしろ大人しい方だと思いますが」
まぁ、何か特殊な力を持ってる人ってとりあえず誤魔化すだけ誤魔化してみるのが基本っぽいし、事実だったとして問い詰めたり無理に聞き出す意味なんて無いから、なんでもいいか。
◆
用が済んだ明路が飛び去った後の集会所にて。
「……雪禍、どう思います?」
「ここしばらく、夜に薄く広がっておった視線の主はほぼ確実にあやつじゃな。それと、隠形の気配すら感じさせん力の源を別に持っておるようじゃ。逆にこちらの幻影は掛かっておったことすら気づかんほど容易く抜かれて……いやはや、とんでもないのに目をつけられたかもしれんのぅ?」
「そんな軽く言わないでくださいよ……」
「なに、見た限りでは大した邪気もなかったのでな。紗季や、あやつが言っておった対策本部の情報を調べてみるのはどうかの?」
「……スマホが無いので明日になりますが、調べてみましょうか」




