19:後遺症?
宙川さんの入浴や就寝は織宮さんが色々手助けをする形で、俺はダイニングキッチンに自前の簡易ベッドを置いて就寝し、何事もなく朝になって、味や香りが薄めの朝食も食べ、本日も東京へ。
宙川さんは昨晩の話を終えてから変身を解除しており、合流したランス博士にも認識阻害が効いていなかったことを把握して驚いたりしていた。
今日のひとまずの目的は宙川さんの着替えや私物の回収、なんだけど、まずは対策本部で宙川さんの保護が完了したと報告。それから捜索願の取り下げ手続きを済ませようとしたら捜索願としての要件は満たされていなかったとのことで、一応、通報者である示野さんにだけ連絡するかと宙川さんが聞かれて、それは自分で連絡しますと遠慮していた。
そして、俺と織宮さんと、露出を抑えた迷宮都市製の服に帽子、濃いめのサングラス、マスクといかにも怪しげな装いの宙川さんの三人で、公民館敷地内の人目につきにくそうな隅の方へ。
他の人が近づいてきてないかもしっかりチェックしつつ、宙川さんが変身を解除した際に持っていたスマホで示野さんを呼び出し、宙川さんと示野さんの感動の再会的な場面を少し見たところで、示野さんだけちょっと手招きして内緒話。
「只野さん……? キラりんを見つけてくれたから一応信用はしますけど、こんなにコソコソしてる理由って何なんです?」
「うん、その、本人の口からは説明させにくい話なんだけど……示野さんは昨日の金髪の子がどんな状態だったかは見たよね?」
「あんまり思い出したくないですけど、見ましたね。そういえばあの子はあれからどうなったんですか?」
「体は治って、ちゃんと話もできたよ」
「あぁ、それは、良かったですね?」
「うん」
やっぱり別人だと認識してるんだなぁ。顔も声もそのままで色が違うだけなのに怪しむ素振りすらない様子を見ると、認識阻害って怖いなと思わされる。
「それで、何か関係してる話なんでしょうか?」
「宙川さんは昨晩ここに来た連中に捕まって、同じ所で示野さんが見た通りの目に遭っててね、体は治ったけどまだ精神的に不安定なところもあって……ほら、栗屋君ってあの子のことボロクソに言ってたでしょ? で、宙川さんはあの子のことを悪く言われてたのを知ってたから……」
「あ……ぁー……それは、気まずそうですね」
「うん。それに、悪口じゃなくても、昨晩のあの子の噂を聞くだけでも気にすると思うからさ」
「同じ目に遭ってたのを知ってる間柄ならそれはそうですね……うわー……納得はしましたけど、マジですか……?」
「えーっと……気分を悪くしたらごめんだけど、宙川さんの手とか歯並びとかに注目してみたら、整いすぎててわかりやすいと思うよ」
「ちょっ、待って、お願い、待ってください」
「うん、ごめんね」
話の中で詳細を思い出してしまったようで、示野さんは口元を抑えて涙目だ。
ただ、申し訳なく思うところもなくはないとはいえ、ここで話しておかないと、変に誰かが気を利かせて知り合いを集めたりなんかしたら、特に昨晩の映像を見たかなんて話になったら宙川さんへの精神ダメージがえげつないことになりそう……というか実際来る前に吐いてたし、ここに来てからはよく見たら顔色が悪かったり震えてたりするからなぁ。
元々の関係が薄かった織宮さんと話したりするのは大丈夫らしいけど。
「…………じょ、状況は、わかりました。その、酷いことをした奴らは?」
「見つけた範囲でだけど、昨日のうちに全滅させておいたよ」
「えっ?」
「?」
事実を伝えたら示野さんが急に怯えたような反応を見せて、何だろ?
考えられるのは……あ。
「加害者はモンスターだったからね。比喩とかじゃなくて、普通の生き物とは根本的に生態が違う、生き物と呼べるかも怪しい何かなんだよあいつら」
「……そういえば昨日の、空に浮かんで電気を出してた人はチリになって消えてましたけど、あれって只野さんが消したんじゃなかったんですか?」
「いやいや、違うよ。残そうと思えば残せるらしいけど、何もしなかったら勝手にチリになって死体も残らないのがこの辺のモンスターの特徴みたいでね」
指パッチンで殺して死体処理まで終わらせるとかどんな殺人鬼だよと。
できるかどうかで言えば、人間相手でも可能だろうけど。やらないよ?
「あと、栗屋君が昨日言ってた人殺しってのも、あの子は昨日のと同じタイプのモンスターを殺したことぐらいしか身に覚えがないってさ。少なくとも、これを本気で言っていたのは確認済みだよ」
「えぇぇ、それがマジなら何考えてんの栗屋……いや、今私もちょっと驚いちゃいましたけど……その子の方も治って良かったですね」
「そうだね」
精神的にはまだ途中だと思うけど、肉体的には綺麗に治ってよかった。
示野さんの協力を得たことで、無事に宙川さんが公民館内の居住スペースに持ち込んでいた私物や着替えをまとめることができた模様。
アイテムボックス的な使い方ができる収納ケースはあるものの、収納ケース自体の出し入れは迷宮都市の特定設備の前でしかできないらしく、便利なのは間違いないけど、【物品目録】の方が間違いなく優秀だなと。そんなわけで今は織宮さんの【物品目録】内に収納されている。
そのまま宙川さんの自宅の方にも向かって、持ち込んでいなかった着替えやアルバム、卒業証書やその他賞状を回収。公民館で暮らしているという置手紙を異世界のマンションで暮らしているというものに置き換え、軽く掃除をして外に出た。
一応、周辺を警戒したりはしていたものの、空を飛んでいいというお墨付き的なものが――厳密に言うなら取り締まる法がないということで街中を歩かなかったおかげか何事もなく、警察署まで戻ってこれた。
転移門については部屋ぐらい大きなものではあるんだけど、逆に言えばその程度のサイズでしかない。要するにちょっとしたイベント用のステージを設置できる空間があれば十分なので、駅前の広場に移住者向けの転移門が設置されて、そっちに誘導されるようになっていたりする。
まぁ、人が集中していて、待ち時間や視線が気になるから俺達は警察署側のを使うけども。
◇
宙川さんと荷物を収納している織宮さんをマンションの宙川さんの部屋まで送ってから早五日。
モンスターが活動するのは夕方以降、いわゆる逢魔が時とも呼ばれる時間帯から明け方までの夜間が主らしく、日中はゼロではないにせよ激減するのは確からしいんで、警戒するのは夕方以降の夜間にしている。
ついでにモンスターの調べ方にも多少進展があって、形状以外にも持っている能力、喋れる個体はスキルと自称していて迷宮都市基準でも多分スキルという分類になる、オークの《嗅覚拡張》やサキュバスの《魅了》のようなものを持っているかどうかを、パッシブ方式の探索法で検出できるようになった。まぁ、飛ばしたゴーレムで《魅了》を解除してたり特に意識せず周囲の《魅了》を解除してたりしたらしいものの、探索に限ればパッシブ方式、のはず。
どうやってできるようになったかと言えば、仕留めたモンスターを対象にして、アクティブ方式でがっつり解析したからだけどね。
勿論、魔力持ちの人が同様のスキルを持っている例もあるみたいだったからそれだけでモンスターだとわかるわけではないとはいえ、モンスターを探すのがかなり楽になったのは間違いない。
解析した結果、《絶倫》だとか《淫紋付与》みたいなド直球でアレなスキルを俺も再現できようにはなったけど、当然使うつもりはないよ。うん。
そして、宙川さんには迷宮都市の方の通信端末の連絡先を教えてあって、日に一回くらい話したり、織宮さんは直接様子を見に行ってたりする……んだけど、昨日から織宮さんが居る間は宙川さんは変身したままだったらしく、更に今日は、宙川さんから俺に部屋に来てほしいと誘われた。
織宮さんじゃなくて何で俺なのかとか一応聞いてはみたものの、言葉にするのは恥ずかしい理由があるからだそうで、織宮さんではなく俺が良いと改めて言われ、とりあえず向かってみることに。
俺は宙川さんの部屋の合鍵やマスターキーの類は持っていないので、まずはエントランスのインターホンで宙川さんを呼び出し、手持ちの端末に一時的な許可を付与してもらって、その端末を合鍵代わりに共用部と部屋の扉を開けて――
「こんにちは」
「こ、こんにちは。ど、どうぞこちらへ」
「お邪魔します」
導かれるままついていくと、ダイニングキッチンの奥の寝室にまで案内された。窓はカーテンが閉め切られていたものの、部屋は天井の照明で明るく照らされている。
フローリングの床にはカーペットが敷かれていて、部屋の中央には足を折りたためそうなローテーブル、壁際にはシングルサイズのベッドやタンス、あとは……クッションやらティッシュやら、まぁ、片付いてはいる。ただ、若い女の子の部屋に招かれておいてこう言うのはなんだけど、ちょっとだけ汗臭い、かな?
そんな部屋の主である宙川さんは、金髪金眼で黒いゴスロリ風衣装という変身した姿で、違和感がいくつか。
「それじゃあ、適当に座って……えと、飲み物は、コーヒーでいいですか?」
「ああいや、座らせてはもらうけど、飲み物は別に――」
「お、お酒の方がよかったですか?」
「いやいや、自分で買ったのを収納に入れて持ち歩いてるだけだから。お酒もそんな飲んだりはしないし」
「……そうですか?」
「うん。ほら、こういう奴」
コーラとジンジャエール、オレンジやグレープ味の炭酸飲料に、紙パック入りのコーヒー牛乳、普通の牛乳、フルーツジュースや乳酸菌飲料も何種類か。ペットボトルは一.五リットル、紙パックは一リットルサイズで、いずれも未開封。並べたもの以外にも、【物品目録】の中では劣化しないから買い置きが数本ずつあったりする。
「なんだか、スーパーみたいな品ぞろえですね」
「まぁ、飲み慣れてるからね。ここに出したのはそれぞれ何本も持ってるから、飲みたいのがあるなら開けようか? コップぐらい持ってるよね?」
「あ、あります! ……ってっ! あの、今日は只野さんにお願いしたいことがあってお呼びしたので、ここでお世話になるのは……!」
「トン単位で買えるくらいお金は持ってるから数本くらいなら本当に平気だし、気にしなくていいよ。それよりそのお願いごとの方が気になる……というか、宙川さん?」
「ど、どうかしましたか?」
「うん。何で今日はその服が透けてるのかなって」
以前に見た時は普通の布地だったと思うんだけど、今はこれといって強い光を浴びているわけでもないのに、黒いドレスが透けて、かなりくっきりと肌が見えている。というかドレスの下には黒いレオタード風のインナーがあるのも、それすらうっすらと透けているのも見える。
一応、当人も恥ずかしくは思っているのか、俺に指摘されると顔や耳の辺りの赤みが少し増した。
「ま、まぁ、その、お願いしたいことがそれに関することでして、まずは事情を聞いていただけますでしょうか」
「いいよ。それじゃあ、飲み物はこっちで適当に……」
「あ、コップ持ってきます」
「うん」
何を飲むかを迷った結果、コーヒー牛乳でいいかと判断して注ぎ分け、他は収納した。俺の分は自前のガラスのコップ、宙川さんはマグカップで、コースターを敷いたりパックの注ぎ口をクリップで留めたりはちゃんとした。
「え、ええと、それで、ですね。私以外もそうなのかはわかりませんが、変身する時に身に着けていたものが消えて、変身を解除する時に戻るんですよね」
「スマホや服が残ってたのもそれだよね」
「はい。そして、変身を解除した時に汚れたり濡れたりしたままだったりすると、汚れや水はそのまま残って、変身を解除した後の服に移ります」
「……消えるのは、変身に合わせて作られた衣装だけ、ってことかな」
「は、はい。次に変身した時はまた新しい服が作られるので、破れたりしていても大丈夫です。それと、変身中は自分の体や服を綺麗にする魔法も使えるので、解除する前に気をつけていれば問題なかったんです」
「なるほど」
変身中にしかその魔法が使えないのなら、変身する前の服に汚れが移った時がちょっと大変……いや、この場合は裸になったり別の服に着替えて変身すればいいのかな? ……共同生活をしながらだと厳しいか。
「そ、それで、その、ちょ、ちょっと刺激が欲しくなって、調べていたら、手枷とか、ゴムの服とか……色々見つけて、一通り買ってみたんですが……その」
「あー……手枷がそこで挙がるってことは……もしかして?」
「はい。持ち物に含まれるとは思ってもいなくて、変身を解除した時にまた同じ体勢に戻されるとも思ってなくて……」
「あぁぁー……」
変身前後の挙動に個人差はあると思うけど、宙川さんの場合かなりダメな仕様だったわけか。
「ね、寝不足もあったと思うんですが、このまま変身を解除したら、っていうことをしてたら、本当に解除されてしまって、変身してないと眠れない状態になっちゃいまして……」
「あーあーあー……じゃあ、俺は、宙川さんが変身を解除したところで玩具を外せばいいのかな」
「そ、それもあるんですけど、それだけじゃなくて……!」
「えっ、それだけじゃなくて?」
「織宮さんから聞いた話なんですが……只野さんに触られるのは、すごく気持ち良いんです、よね?」
「あぁ、うん……なんか、そうらしいね?」
これも俺が意識して何かしてるわけじゃないんだけど、なんかそうなってるらしいのは知ってる。
「なので、変身を解除する前と、玩具を外す前に、色々触ってみてほしいんです」
「……そ、そっか、なるほど。……? 触るのはいいんだけど、それで結局、その服が透けてる理由は?」
「い、命の危機を感じた時に無意識に変身してるんだと思うんですが、刺激が欲しくなったら逆に無意識に変身を解除したがっちゃうみたいで……」
「な、なるほどね?」
顔を真っ赤にしながら言われると、何やら羞恥プレイでもしてるような気分になってくるなコレ。いや、宙川さんは自分でそういうことをしてるのか?
そんな話を聞いているうちにドレスが更に薄くなって――
ファスナーがない首の穴を伸ばして着るタイプでもしっかりハイネックなラバースーツ、首輪を留める鍵式南京錠、背中側でぐちゃぐちゃに絡み合って逆海老体勢を強要する鎖、ラバースーツの上から着ている思い出の品らしいゴスロリドレス、シルエットで入っているのが分かる玩具類等々、ちょっっっとエグいくらい組み合わさっていた。
収納できるようにするのは一時的にでも俺の物にするってことだから避けて、鍵が無かったり力加減が難しいところは『念動』を併用して頑張った。
煌麗に発生していた問題
心的外傷の類は置いておくとして。
相対的に見れば、無理やり食べさせられていた激辛料理の痛美味さに翻弄され続けていたところで、突然味覚の九割九分が麻痺し、普通の料理を自由に選べるようになった、ようなもの。
神経自体は等倍の感度に治っているのだが、淫紋等の組み合わせでそういう馬鹿みたいな倍率の感覚を味わわされていた記憶がそれなりに残っているため、痛いことが本当にただ痛いだけだったり、一人で解消しようにも物足りなかったりで迷走していた。
祈が周辺に渦巻いていた妄想の一部を受け止めていなければ、煌麗はもっと過激なプレイに励んでいた可能性がある。
明路との接触は魔力に対する感受性の高さに応じて効果も高まるため、長期間変身し続けていた経験がある魔法少女などには特効。
変身の仕様
個人差があり、同一人物でも変化することがある。煌麗も捕まる前なら拘束具や玩具は変身に巻き込まれなかったが、そんなものを着けられる状況に陥ったこともなかった。
また、変身時に目を閉じてしまっていたため本人は気付いていないが、本編登場より数か月前時点で触手系のモンスターに敗北しかけて以降、煌麗が初めて変身できるようになった頃にはあった変身中の謎の光が消えている。




