18:アフターケア
想定より状況が悪かったとはいえ、早期解決自体はできて無事に保護もできたから一安心……と言いたいところだけど――
「ついてくるって、大丈夫? 行先はあのサキュバス達の住処だけど……」
「こ、怖くないわけじゃないですけど、今はひ、一人になるほ、が、怖い、です」
「……まぁ、そりゃそうか。とりあえず深呼吸、深呼吸ね」
「は、はい」
本人の強い希望もあった結果、サキュバスが出した映像から判明した廃ビルの地下駐車場へは宙川さんを含む四人で向かうことに。
一応、宙川さんの治療自体は無事に済んでいて、中途半端に残っていた傷跡もなく、五体満足ではある。
ただ、間接的なものばかりだったとはいえ脳がそれなりに損傷していたそうで、記憶同士の関連が一部絶たれてしまっていたり、完全に失われてしまった記憶もある可能性が高いらしく、リハビリが勧められている状態でもある。
リハビリと言っても深刻なものじゃなくて、小学生レベルの勉強の復習をするとか、数日は就寝時にオムツを着用しておいた方がいいとか、無呼吸になっていないか誰かが様子を見るとか……一〇代女子の尊厳的にはちょっと深刻ではあるけど、脳そのものは治ってるから簡単に学びなおせる範囲のはず。
人殺しと呼ばれていた件に関する記憶はあるようで、十日以上前にサキュバスを殺した時にそう呼ばれただけで、人を攻撃したことはないとのこと。その言葉を本気で言っていることはランス博士が証明してくれた。
あと、魔力をがっつり奪われていた関係で魔法少女としてはかなり弱体化しているらしい。変身できて空を飛べて頑丈にもなるから一般人と比べれば確実に強いものの、雷のようなものを操作する魔法は上手く扱えないかもしれないとのこと。
それはそれとしてずっと変身しっぱなしなのは気になる。気絶中でも治療中でもそのままだったから、変身そのものの燃費は良いのかな?
「……うむ、取得成功。見たところ、ここと繋がっていた世界は、およそ三〇倍の早さで時間が流れているようだね」
「あぁ、なるほどですね」
何となくわかってはいたけど、宙川さんに時間経過を感じさせる傷が多数あった理由はそれか。向こうで捕まっていた期間がこちらの一日半くらいだったとして、四五日……もしかして、人殺しと呼ばれた件って、俺がゴーレムで見てた奴?
まぁ、それはともかく。人の味を覚えた熊、とはちょっと違う話だけど……保護した子の魔力で強化されているモンスターが居るなら、そりゃまぁ多少なり責任感を持って狩ったりするよね。尻拭い尻拭い。治療前に物理的にもやったけど、今は比喩的な意味でね。
◇
ランス博士の携帯用転移装置で転移した先は、天井がやたらと高い……洋館かな。ビルではなさそう。
大きな窓からは刺々しい葉を持つ木々からなる森が見えていて、空は雲に覆われている。点いてる照明があるわけでもないのに内装がよく見える程度に明るかったりはする、んだけど――
「……ただの廃墟?」
周囲からは風の音ぐらいしか聞こえず、敵意も全く感じない。
「……なあ、アキミチ君」
「はい、何でしょうランス博士」
「もしかすると、群れの大半があの地下に居たのではないかね?」
「……そう、なんですかね?」
本拠地に殴り込むくらいの気持ちでいたのに、拍子抜け感が酷い。サキュバスとゴブリンとオークを合わせてせいぜい三〇体くらいしか居なかったのに……群れの規模が小さかったら、そんなこともあるのかな? なんかもっとうじゃうじゃ居るイメージなんだけど。
まぁ、仕方ないから周囲のモンスターでも探して狩るかと探知を始め……宙川さんのにおいを追う設定のままだったせいで地下が拷問部屋のようなものだと無駄に気づいてしまったけど、モンスターや人の反応は無かったからそこはスルー。
もう少し範囲を広げてみても、小規模なモンスターの群れらしき反応があるだけだ。やっぱり、少なすぎる気がする。
魔法少女に変身している状態の宙川さんは、結構火力はあったと思うから、こんな少数の群れが捕獲できていたとは考え難い。……いや、正に人質として使われてたし、同じように人質戦術を使われてたら案外あり得る、か? 本人に聞くのはちょっとはばかられる内容だけども。
「……とりあえず、普通のゴブリンやオークが多少居るだけで、サキュバスも人間も居ないみたいです。ただ、地下駐車場に居たのは三〇体くらいだったので……東京の方で別に活動しているグループが居る可能性も?」
「ふむ、確かに、そういった可能性も十分考えられそうだね」
「……まぁ、何にせよ俺らはこっちのモンスターを一通り狩るですか」
「うむ」
数百体規模の群れが居たところで狩り尽くせる自信はあるし、別に全滅させて何か悪いことが起こるわけでもない。帰ってきそうならこちらで待ち受ける……のは無しかな。時間の流れを考えても、向こうはまだ深夜だから、こっちで一週間近く待たないと向こうは夜すら明けないし、東京の方には魔法少女並かそれ以上の戦力を持つ人が全体合わせて一万人以上居そうだったから、モンスター側の全滅は必至だろうし。
ということで、そこそこ広い範囲に分散はしていたから、モンスターを全滅させるのに一番手っ取り早そうなのは俺がひたすら遠隔の魔術で仕留めることだけど、宙川さんのリハビリも兼ねて、ゴーレムで空の散歩をしつつ裸眼で十分目視可能な範囲まで接近して、ほぼ一方的に攻撃するような流れで仕留めていった。
宙川さんの魔法は、ゴブリン相手にも致命傷にならなかったり、威力を上げようとして自爆しかけたところを俺が制御したり、問題がないわけではなかったけど、メンタル的には成果もあったと思う。
◇
モンスターの殲滅後、東京に戻ってモンスターの群れが居ないかを探ってみても特に見当たらなかったので、宙川さんを連れてマンションの一室、宙川さん割り当てられた1DKへ移動した。
細かな手続きをやってくれたランス博士はスタッフルーム的な所へ向かったので、この場に居るのは、ウィッシュをカウントしなければ三人。
「な、何をするんで、しょうか」
「目的は宙川さんのメンタルケアで、普通に話をするだけなんだけど、ショックは大きいかも?」
「えっと……?」
「とりあえず……俺の中には並行世界の織宮さんみたいな子達が沢山居て、頭の中で話したり動かせる身体を用意したり、俺とその子達は良好な関係にあるってのが前置きね」
「は、はぁ、そうなんですか……?」
「私も驚いてますけど、本当にそうなんですよね」
「……なるほど? それが前置きというと……」
「まぁ、百聞は一見に如かずということで――」
「願依です。初めまして」
「ひっ?!」
「っ!」
登場してもらったのは願依・念動。
髪と眼は共に銀色で、髪については一.五メートルはあるロングヘアだし、手足が特殊で、首には金属製の頑丈な首輪も嵌まってるから、突然出てきたら驚くのも仕方ない。
手足は制御された濃いローションだから触り方が悪いと若干べたついたりするけど、内部の屈折は良い具合に調整してあって透明度が高く、今は足が魚のようになっている人魚スタイル。更にわざとらしいあざとさのある紺色の旧型スクール水着を着てるから、それで悲惨さを相殺……しきるのはちょっと無茶か?
「不幸自慢のようになってしまいますが、その、並行世界には色んな可能性があるものでして、このような末路を辿った私も居る、ということですね」
「ま、末路って……」
「文字通りで、そのまま殺された記憶もあるんですが、その記憶を持ったままここに居るのは確かなので、どうなってるんでしょうね?」
「え、え、えぇ……?」
まぁ、だいぶ荒療治っぽい印象もあるけど、一人で悩んでいたら負のループに陥ってしまいそうだから、ちょっと衝撃的ではあっても紹介しておいた方が良いんじゃないかなと。
「似たような末路を辿った私は他にも沢山居まして、願依という名も、今話している私も、それらの私の集合のようなものと申しますか……一人一人個別に応対していただこうとすると、顔を合わせるだけで一日が終わってしまいますからね」
「え、えっと、それはかなり重要なことなのでは……?」
「それよりも優先したいことがあった、というだけですよ。それでですね、願依と名乗らせていただいている私――いえ、私達についてなのですが、その、手酷く扱われることを好むようになってしまった部分もありまして、ええ。そのようなことになってしまった自分に絶望したこともありましたが、拾ってくださる方というのは案外居るものです」
「え、え……? えっ?」
なお、ウィッシュに関しては酷い目に遭った子が全員願依になっているわけでもなく、他の設定に混じった子も居る、というか願依はむしろ取り返しがつかない所まで堕ちたという結果を晒すことで快楽を得ている、割とダメな方向に開き直ったドMである。
だから普通なら教育に大変よろしくない性格ではあるんだけど、まぁ、今の状況では良い実例なんじゃないかなとか。
「ある程度、共感を抱ける相手が居ると気が楽になったりするものでしょう? 貴女の苦しみが軽いとは言いませんが、軽くするお手伝いはできそうだったので、手伝うことにしたんですよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
あの時現場に居た栗屋みたいなのは重く受け止めてもっと苦しめみたいな趣旨の言葉を投げかけたりしそうだけど、証言を聞いたり話してみた印象としては、宙川さんの方は普通に良い子みたいだからね。
変身前と変身中とで別人として見られていて、変身前は普通に接するのに変身中だけびっくりするぐらい敵意を向けて心無い言葉を投げかけてくる相手が居るってのは……自分の裏垢を叩きまくってるリア友の垢を見つけてしまった、みたいな感じで精神衛生上よくないでしょ。心理学では、フレネミーとか言うんだっけ?
……あぁ、本人には確認しづらいけど、あの日宙川さんが学校を休んでた理由が正にそれだったのかも。あの時、もう少ししっかり見ておくべきだったか……?
何にせよ、宙川さんを栗屋と会わせたくはないかな。俺の精神衛生的にもね。
「と、ここまで話はしましたが、実を言うと願依の中には敵対者に捕まってそのまま死んだ私達ばかりが集まっているわけでもなく、違う道を辿った私も居ますし、同じ道を辿っていてもある日突然世界から放り出されたような私も結構な割合になります」
「あ、あの、軽く話していますが、凄く重い話なのでは……」
「いえ、どの私が居た世界も恐らく完全に滅んでしまっているので、恨む相手が居ないんですよね。ならもう、楽しく過ごすしかないでしょう?」
「そ、そうですか? ちょ、ちょっと考える時間が欲しいです……」
宙川さんは何とも反応に困ってるような感じだけど、今のうちに教えておかないと深刻に思いつめてしまいそうな危うさもあるから、こういう選択肢もあるよと教えておくのは悪いことではないと思う。
「ええと……その、話は変わりますが、気になっていたことがありまして……只野さんは、あと、織宮さんも、変身していない私と今の私が同一人物だと認識できてるんですか?」
「ん、うん。今紹介した願依もそうだけど、そういう認識阻害とか記憶をごまかしたりする魔法を使える子が何人も居るから、多分それで耐性が付いてる。あと、迷宮都市で扱われている存在力って力があって、多分そっちでも耐性が上がってるから、公民館で見た時にもああ、夜に見た子だなーって……あ、そうそう、あの時のゴーレムを操作してたの俺だから」
「「えっ?」」
「うん?」
宙川さんも織宮さんも疑問の声を上げている。そんな変な話したっけ?
「えっと、それは、いつの話ですか?」
「織宮さんが一回起きてきて、色々あってまた寝た後の話だね」
「一回起き…………あっ」
「……ああ、それで、その時のゴーレムがコレね。見覚えはある?」
「あ、はい、ありますあります」
織宮さんは当時の状況を思い出したようで顔が赤く染まり――宙川さんには証明としてアクリルの塊を取り出し、飛ばしながら目の前で変形もさせてみると、納得した様子。
「あの時は、ありがとうございました」
「どういたしまして。本当に、ただ確認のためにゴーレムを飛ばしてただけで、サキュバスの《魅了》を解除しようなんて意識は全然なかったんだけどね」
「そうなんですか? ……え、それじゃあ、何で解除されたんでしょうか」
「それは、なんか俺が普段から周囲の魔力の流れを無意識に整えてるらしくて、《魅了》は特にわかりやすい異物だったって感じなのかな? 多分だけどね」
「そ、そうですか……」
「……なんか、ごめんね?」
「いえ……」
これが教えられることだったら教えてもいいんだけど、本当に何も意識してないからなぁ。
「まぁ、俺は迷宮都市がある世界に流れ着くまでの、主観で何年も時間があった中で鍛えられた結果みたいなものだから、時間があれば宙川さんもできるようになると思うよ」
「あ、えっと、はい、ありがとうございます」




