17:答えが転がり込んできた
今章では何度かやってますが、今回も情報がちょっとごちゃごちゃしているので三人称視点。
「ようやく読み取れた住処だけど、ここにあの魔法少女の大事なお友達は居るかしら? ウフフフフ……」
宙川煌麗のにおいを付け、避難所になっている公民館の敷地を訪れたのはサキュバスの一体であった。先日消し飛ばされた個体と同じ群れに属する個体であり、魔法少女並みの戦力が居る可能性も考えて、そこらで《魅了》をかけてきた男達を盾として引き連れてもいる。
明路達がその集団の接近に気づいたのは、公民館側も不審者集団に気づいて入り口を施錠し、インターホンを介してやりとりを始めた頃だった。
『何か、ご用でしょうか』
「ええ、人を探しに来たの。誰も居ないようなら物でも良かったんだけど、ここには沢山の人が住んでるみたいで良かったわ。これだけ居れば、あの子も良い反応を見せてくれるでしょう」
『……何を言ってるんですか? 対策本部への通報も行っています。すぐに人が来ますよ!』
「あら怖い。じゃあ、その怖い人たちが来る前に済ませないといけないわね?」
『っ?!』
サキュバスの目的は実にモンスターらしいもので、インターホンを通して応答したのは、獲物があがく様を眺めるための遊びの一環である。
公民館側は明確に危険な集団だと判断し、起動された警報装置からけたたましい音が鳴り響く。
サキュバスに操られた男達はそんな音など気にも留めず、正面入り口のガラス部分を叩き割るべく腕を振り上げ――正気を取り戻してサキュバスから離れた。
「あら……? っ、《魅了》が解けてる、どうしてっ?!」
「あぁ、前にもあったなこの感じ……意識してやってるわけでもないんだけど」
ゴーレムを介した接触ですら無意識に《魅了》を解除できてしまう明路が、トイレの窓があった裏手からこの場所を意識しつつ移動した結果の必然である。
そして、においの元がサキュバスだったと知った明路は、煌麗本人が無事に帰ってきただけならよかったのにと溜息を吐く。
「それで、君らはここに何の用があったのかな?」
「あ、あらあら、外に出てる人も居たのね。年齢から見て関係は薄そうだけど、案外素養はあるのかしら?」
「……やっぱりモンスターって、言語は扱えてもほとんど会話にはならないかぁ」
「フン、話せないんじゃなくて餌に話を合わせてあげる理由がないだけよ? 何で《魅了》が解けたかはわからないけど、調子に乗ってる貴方はすぐに使いつぶして――」
話しかけながら目を合わせて《魅了》を使うサキュバスだったが、明路に直接そんなものを使ったところで、風に乗った蜘蛛の糸が手にでも当たる程度の影響しかなく、明路も明路で解析を試みることで更なる耐性を得ていたりする。
「まさか、《魅了》を解除したのは……っ?!」
「特に意識してやってるわけじゃないけど、そうらしいね。それで、満足した?」
「くっ、じゃあ、これはどう!?」
「お?」
サキュバスが突き出した手から電撃のような魔法が放たれ、命中しそうなものは『防護』の力であっさりと防がれた。
一般人なら即死もあり得る威力だったが、明路達にしてみれば大きな音と光で驚かされた程度のものである。
「サキュバスが電気? 体に電流が走るなんて例えはあるけど、電撃を無理やり流すのは何か致命的に間違ってない?」
「ふむ、何かタネがありそうだが……」
「な、なっ……!?」
魔法を使用したサキュバスは、大した魔力も感じない相手にまさかこうも完全に防がれるとは思ってもいなかったため、逆に精神的なダメージを受けている始末である。
更には、大型のオークが現れた際に明路達が知り合った三人組の魔法少女も、鳴り響いていた警報を聞いて飛んできている。
「生け捕りとか狙った方がいいですかね?」
「ああいや、少し気になっているだけだから、特に必要はないのだよ」
「っ!!! ま、待ちなさいっ! これを、これを見なさい!」
ここにきて、自分の命が風前の灯火のようなものであるとようやく気づいたサキュバスは、空中に映像を投影することで状況の改善を目論む。
「……うーわ……」
「む……」
「ッ?!」
映っていたのは、コンクリート壁を背景にした薄暗い空間。そして、その中では金髪の少女――魔法少女に変身した姿の煌麗が、イラスト投稿サイトならR-18G設定が確実に必要になる程度に酷い状態で吊られ、サキュバスやオーク、ゴブリンといったモンスターに囲まれている。
聴覚などの意図して残されている箇所以外は、生かしたままどこまで壊せるかと挑戦でもしたような姿。顔の表面や髪が判別可能な程度に残されているのは人質としての価値を考えた結果であって、サキュバスが雷の魔法を扱えた理由も、煌麗から奪った魔力を吸収していたからという単純なものである。
「ふ、フフフフ……知り合いだった? もしかしてお友達だったかしら? この映像は今現在の姿を映したもので、この子はこんな姿でもまだ生きてはいるわよ? でも、ここがどこかは当然教えてあげないしっ、私に何かあればこの子の苦しみが増すだけよ! アハハハハハ!」
サキュバスは、自身の行動が生存を掴み取った確信した喜びで興奮している。映像を見ていた人間のうち数人は、突然見せられた凶悪な映像に嘔吐してしまった者すら居る。
警報が鳴らされるような事態を起こしたサキュバスは宙に浮かんでおり、放った電撃によって地面に損傷を与え、何もない空間にグロ映像を映し出したのだ。ファンタジーな存在が相手であるとはいえ、安全な自宅で実写のグロ映画を見るのとはわけが違う、嫌なリアルさがそこにはある。
一方、明路は冷静に映像を分析し、スマホサイズの黒いアクリルゴーレムを少し操作してからサキュバスに質問を投げかける。
「あの首輪、特殊なものみたいだけど、あれは何なのかな」
「ええ、良い質問ね! 教えてあげる! あの首輪は着けた対象の魔力操作を阻害できるの。逃げられても場所はわかるし、外そうとしたら爆発するわよ! どう? どう? 絶望したかしら?」
「……いやぁ、別に?」
「はっ? ……な、何がどうなるっていうのよ、どうにもならないでしょうっ!?」
「そうでもないよ」
明路は右手の人差し指でとある方角を指し示しながら――
「この方向に、大体五〇キロくらいかな。そこの地下駐車場だよね?」
「は? ……っっ?!? な、なんでっ!?」
「なんでって、その映像、通信のために魔力で本当に繋がってるでしょ? 辿ってみた後でそれが正しいかも確認したけど、本当にそのまんまで逆にびっくりしたくらいだよ」
サキュバスは最初、何を言われたのかもわかっていなかったが、実際に示された方角を見てかなり正確に言い当てられていることに気づいた。
実際には数キロ程度のズレはあるが、明路に必要なのはメートル法による正確な距離の認識ではなく、魔力の操作が可能な範囲で対象を認識できていること。
銃で狙撃しようとでもいうのなら話は別だが……ラジコンやドローンを操縦している最中に操縦者との正確な相対位置を把握する必要がないように、箸やペンを扱う際に顔と何センチ離れているかなどと考える必要がないように、手の中にあるも同然の対象の正確な位置を数値で認識している必要はないのである。
「っ、だ、だからって、この距離はどうにもならないでしょ!? ふざけたことを言ってると痛めつけさせるわよ?!」
「うん。保護は既に完了してるから好きにすればいい、というか既にやってるか」
「はあ? …………っ、……う、嘘……」
サキュバスが出している映像の先では、煌麗が光に包まれており、首輪だけでなく、サキュバスが言っていなかった胃や胎内に仕込まれていたものも含めて全ての魔道具が外されている。もっとも、見た目でわかりやすくなったのが今というだけで、明路がサキュバスに首輪の機能を聞いた時点で『防護』の力に煌麗を守らせるぐらいのことはしてあった。してあったからこそ話す余裕ができていた。
映像の向こうに居るサキュバスが異常に気づいてオークに殴らせているが、空中に現れたオレンジ色の光に遮られ、殴られた側は小揺るぎもしない。そして、明路が人差し指を向けたまま中指と親指で音を鳴らすと、オークの一体が後ろ向きに倒れて動かなくなる。魔術で脳を凍らせ、『念動』で後ろに押した結果であり、外見ではわからないが完全に絶命している。
そんな明路からの攻撃によって、本来は魔法少女の悲鳴を流すつもりだった映像からサキュバス達の悲鳴が流れ――明路が何度か指を鳴らしながらモンスターを仕留めていくと、維持ができなくなったのか映像が消えてしまった。
明路が更に数回指を鳴らしつつ部屋内のモンスターを殺し尽くした後は、煌麗は明路の操作する魔力によって空を飛び、部屋から出て明路の居るこの場所へ向かっている。思っていたより状況は悪かったが、何にせよ生きたまま早期に保護できたことに、明路はほっと息を吐いた。
サキュバス達にとっては、人質としてリアルタイムの映像と音声を流すために同じ世界に連れてきたことが完全に裏目に出てしまった形だが、そんな予想ができるはずもない。
「そんなわけで、君で終わりだね。一応、情報提供には感謝しておくよ」
「あ、あはは、はは……こんな、何でこんなバケモノが、こんな時に……」
「ま、君の運が悪かったのもあるけど、遅かれ早かれって奴だよ。それじゃ、さよなら」
被害者と同じくらいこいつも苦しめてやろうか、なんて発想も明路の頭を過っていたが、パチリと指を鳴らしながら一撃で仕留めた。
「じゃあ、今こっちに運んでるところなんで、着いたら治療……あ、ランス博士、治療ってどこまでやっていいですかね? 他人の体を複製するのはダメって言われた覚えがあるんですが」
「む? ……あぁ、傷の治療なら話は違うのだが、アキミチ君にやらせることでもないか。傷を塞いで、必要なら輸血をして迷宮都市に連れて行こう。輸血用の血液なら多少持ってきているから安心したまえ」
「わかりました。あとは……あー、汚れが酷かったしお湯でも用意しておきますかね。あとなんか適当な布とか……?」
一応、『防護』の力に守られてはいるものの、煌麗が素っ裸のまま夜の空を飛ばされているという現実を思い出して気まずくなったが、もう遅いなということで明路はその事実から目を背ける。
「な、なんというか、凄く冷静でしたね、只野さん」
「まぁ、初めてああいう状態を見た人よりはね。その、珍しい方ではあるんだけど、そういう記憶も見慣れてはいるし」
「見慣れて……? ……って、ウィッシュさん、ですか?」
「本人だけじゃなくて、犠牲者を見た記憶もあるよ? うん」
そんな話をしているうちに煌麗の移動は完了。映像越しではない実物を見た周囲から小さな悲鳴なども上がったが、明路は冷静にぬるま湯を『念動』で動かして洗い清めつつ、『治癒』の力も併用して表面の傷を塞いでいく。
のけぞるように震えていたりと地味に目に毒な光景ではあるが、それでもミスは特になく、表面の血や汚れはおおよそ片付き――少しばかり痩せていたり、塞がれた傷とは別の傷跡が多かったりはするが、失血死の恐れはほぼなくなった。
次に、妙な反応の原因は下腹部にある凶々しいピンク色の紋様かということで詳細に解析。除去しても問題はなさそうだと確信できたところで除去、と手早く治療は進んでいく。
「……本当に、そいつを助けるつもりなのか?」
「ん? ……誰?」
「だ、誰だっていいだろ」
「いや、よくはないでしょ」
明路が聞き覚えのない声に振り向くと、見知らぬ……少し見覚えがあるような気がする少年と、少年を咎めるような雰囲気の示野の姿があった。
「何言ってんのよ栗屋! あんた、あの子を見殺しにしろって言うの!?」
「い、いや、あんな状態で無理やり生かす方が酷ってものだろ!」
「大怪我でも治せるって情報はあんたも知ってるでしょ! そうですよね、タダノさん?」
「うん、治るよ。メンタルケアも必要だろうけど、そっちも一応アテはある」
「ッ! っ、ち、治療費とか、薬とか、大変そうだろ?」
「いや、タダみたいなもんだし、物資にも十分な余裕はあるから、手が空いてる今なら何の問題もないはずだよ。ところで……」
「な、何だよ」
明路は一拍置いて、先程から様子が妙な栗屋に問いかける。
「クリヤ君、君、何でさっきからこの子に敵意を向けてんの?」
「は? い、いやいや、なんの証拠があってそんなことを言うんだよアンタは!」
「あー……証明は面倒臭いんだけど、誰が誰に敵意を向けてるかはかなり正確に感じ取れるんだよ俺」
「なっ、まさか、人の心を読めるってのか?! じょ、冗談でも言っていいことと悪いことはあるだろ!」
「いや、心は読めないよ。敵意の強さと向けてる先がわかるだけ。迷宮都市だと偽証は普通にバレるみたいだし、そうでなくてもやらないよ。で、何で敵意を向けてたの?」
「っ! その、その女は人殺しじゃないか! 警戒して何が悪いってんだよ!」
「え、そうなんだ?」
明路は、そんな印象はなかったんだけどと思いつつも、手は早そうだったから悪人を勢い余ってヤっちゃってる可能性もあるかと変に納得していた。煌麗がサキュバスをノータイムで消し飛ばす所は、ゴーレム経由で見ていたので。
しかしまさか栗屋がサキュバスを人にカウントしており、それも正に明路が見た場面を指して人殺しと呼んでいるなどとは思わない。また、魔法少女に変身している満身創痍の煌麗に対して、今しがた目の前のサキュバスを含む複数のモンスター殺してのけた明路に対するものより強い敵意を抱いているのだが、明路にはそんな所まで読み取る力も無い。
「……まぁ、何にしても治してからだね」
「そ、そうか、そうかよっ」
「あっ、栗屋! もう……」
逃げるように、どこかへと走り去っていく栗屋を見た示野は呆れたように溜息を吐き、申し訳なさそうに明路の方を向くと――
「えっと、すみませんタダノさん、アイツ、最近何か機嫌が悪いみたいで……」
「機嫌が悪いからってあの言い分はどうかと思うけど……気にしても仕方ないか。それじゃあ、俺はこれからこの子を治療してくれる所に運ぶから」
「あ、はい、お気をつけて……えっと、それから、その後でもいいので、キラりんも探してくれると……」
「ん? あ、ああ、うん。宙川さんは保護するよ。それじゃあね」
明路は今しがたその本人を助けたところなんだけど、と思いはしたものの、煌麗が意識を失っていても変身が解けていないことから、認識阻害系の能力が働いているのかと納得した。




