08:改めて公民館へ
魔力の変化量に対応できる仕組みをとりあえずで仮実装し、動作確認をしているうちに日が昇っていた。
現在地からの相対位置を地図に反映させていたから、多少の移動どころか手足の動きですら変化として検出してしまう、なんて可能性もありそうだったけど、その程度の動きであれば意外と対応できるものだったみたいで、使い勝手は無事に向上している。まぁ、昨日窓口が閉まっていて話を聞けなかった公民館に向かう予定だから、活躍の機会は少し遠そうだけども。
「……あ。織宮さん織宮さん」
「は、はい、なんでしょうかっ」
「この後公民館に向かう予定ではあるけど、その服は着替えようか」
「はえ……?」
「……もしかして、まだちょっと寝ぼけてる?」
鏡でも見せた方がいいかと思い、全身が映るサイズの鏡……の手持ちはなかったから、鏡面レベルの平面に切り抜いた鉄板をそっと取り出した。
特に研磨等をする必要もなく鏡面に仕上げられているのは、【物品目録】アビリティの加工精度というより加工法の違いによるもので、のこぎりのようなもので切るわけでも、巨大化なハサミのようなものでズラすように断ち切るわけでもなく、加工したい部位の原子的な繋がりを直接断てるからだ。ハサミみたいなのはたしか剪断とかいう名前で、剪は園芸関係でよく聞く剪定の剪と同じ字だったかなと。
ともかく、加工物に必要以上の力をかけることもなく一発で加工できるから、もっと柔らかい金属、鉛や純金の針金なんかでも断面は鏡面に仕上げられるし、元通りにくっつければどこが断面かもわからなくなるレベルでキレイに断てる。空気中に出すと断面に酸化被膜が作られてくっつかなくなるからすぐわかるけどね。被膜だけどうにかすればくっつくけど。
そんなさっくり作った鏡を見ている織宮さんの服装は、二度寝前に着せた巫女風衣装だ。
膝を曲げても透けない厚さの黒タイツに首から下が覆われているのは変わらず、その上に白い紐ビキニ風の――結び目が横にあるからタイサイドと呼ばれるデザインの、メインの布地は木綿だからあくまでビキニ水着風の下着を着ていて、その上に側面のスリットが大きかったり袖が紐で繋がっているだけだったりする着物と、側面のスリットが大きく膝上丈ぐらいの長さしかないスカートタイプの緋袴。
寝ている間に着崩れていた部分はしっかり直してあるし、地肌が出てるのは顔だけとはいえ、この衣装で向かうのは流石にね。
「えっと、ダメですか?」
「着てる順番やデザインはともかく、そのブラと結び目が見えてるショーツはほぼ木綿だから……水着というより下着だよ?」
「……そうですね?」
「いや、あの、これから君の知り合いが居る可能性が高い所に話を聞きに行くんだけど、そんな下着が見える格好で行く気?」
「んぅ? …………ハッ!?」
わかってくれたようで一安心……わかってくれないよりは、うん。
寝かせる前より酷くなってる気もするけど、なんとか?
あまり朝早くに訪ねるのも迷惑かと日が昇ってしばらくは地図上の方に集中してみたり、護衛役の上級探索者の一人がビルの屋上に飛び上がって周囲を見たりもしてみるも特にこれといった発見はなく、強いて言えば、出歩いている人が少なかったくらいかな。
そんなこんなで公民館に訪れたのは午前九時ごろ。平日にあたるこの時間の公民館にしては賑やかな印象はあるけど、それも状況的に仕方ないところか。
そして昨日来た時は閉まっていた受付窓口が開いている。特に受付に並んでいる人も居ないようなので、受付担当者らしき人に声をかけることに。
「おはようございます」
「おはようございます。……初めて来られた方ですかね。何のご用でしょうか」
「はい、こちらの子が以前こちらの近くに住んでいたそうで、用件としては生存確認ですね」
と受付担当者の人にわかるように織宮さんのことを示しつつ一歩下がる。
「はあ、なるほど。個人情報保護の観点からあまりお話しできることはありませんが……」
「ですよね……」
「あ、ええと、館内放送で呼びかけるぐらいのことはできます。それでよければ」
「あ、ではお願いしてよろしいでしょうか」
「承りました。では、お名前を、フルネームでお願いします」
「織宮祈です」
「はい。では今から呼びかけてみますが……その、ご家族の情報を持っているなどと女性を誘き出す犯罪行為も確認されておりますので、しっかりご確認はされるようにしてください」
「そ、そんな方も居るんですか……わかりました。ありがとうございます」
「どういたしまして」
ちらっと、俺の方に向けられた視線にほんのり敵意が混じってたけど、その手の不届きものと疑われた? 秒で消えたから疑いは晴れたんだろうけど、それでもちょっと何だかなと……特定の感情に限定されているとはいえ心を読んでるような俺も俺であれだけどね。
と、マイクの電源がオンになったようで、ザザ、というノイズが鳴り、呼び出しっぽい雰囲気の短い音楽が流れた。
『お客様のお知らせです。ただいま、オリミヤイノリ様がお越しになっています。知り合いの方がおられましたら一階受付窓口までお越しください。繰り返します。ただいま、オリミヤイノリ様が――』
繰り返しを含めて二回名前が流れ、また短い音楽が流されて館内放送終了。館内放送とはいえ近隣の住宅に住んでいても聞き取れそうな音量だった。
「以上でよろしかったでしょうか」
「あ、は、はい、ありがとうございました」
「そちらの方はよろしかったのでしょうか」
「はい、私の地元はもっと遠くですし、別に探しているわけでもないので。ありがとうございました」
「いえ、業務ですから」
……金銭か現物支給かは知らないけど、よく考えたら窓口がちゃんと機能してるのって何気に凄かったり? そうでもない?
まぁ、用が済んだのに窓口の前に居るのも悪いかということで、改めてぺこりと頭を下げてから、ロビー内に設置されていた椅子の方へ。
さっきの館内放送で呼び出していた場所はここだったし、織宮さんの友達とかが来た時に身長一八〇センチある俺が立ってたら怖がられるかもしれないし……と、座りかけたところで、入り口の方から窓口の方に怒りのような敵意を向けている人がのっしのっしと歩いてきた。
「ったく、どうせタチの悪いイタズラだろ? ……お前が仕掛け人か?」
「へ?」
入ってきたのはスポーツをやってそうな高校生ぐらいの男子で、俺が視界に入ったあたりで怒りの矛先が俺を向いた模様。理不尽な……いや、一年行方不明だった子の名前で呼び出されてるわけだから、道理は通ってるのか? でももうちょっとちゃんと見てほしい。
「この声、指原君?」
「は? ……織宮? え、本物か!?」
「本物かって、何ですかそれ」
「いやいや、一年も行方不明だったんだぞお前?! それっぽい人影を見たって話を聞いて放送でも名前は出てたが、バケて出たんじゃないかって話まであったぐらいなんだぞ?」
「う、うーん……酷い話なんですが、筋は通っているような……?」
「……これ、オレが突然霊感に目覚めたってわけじゃないよな?」
「生身の本物ですよっ。もう……」
ああ、そういえば妙に早かったけど、放送で名前が出る前に既に見つかってて、この男子は代表として見に来たのか。入り口の方を見てみれば、中の様子をうかがおうとしているのが何人か、階段の方にも野次馬か知り合いかは不明だけど何人か居る。
目の前の男子は織宮さんを見つけた時点で落ち着――敵意に関しては落ち着いていて、現時点では敵意らしいものはどこからも特に感じない。
「……まぁ、あんまりあちこち回る必要はなくなったみたいで良かったね、織宮さん?」
「そうですねっ」
俺が織宮さんに声をかけると周りから『誰だよお前』みたいな視線が突き刺さってくるけど、まぁ、その、うん。感動の再会に水を差しているようなもの、のような気がしないでもないから俺が悪い、か?
「おま……あんたらは?」
「あー……織宮さんとの関係としては、俺とは職場が同じで、二週間くらい前に知り合って、まぁ、ちょっと世話を焼いたりしたくらいの仲かな」
「それと、あちらのおじいちゃんがイデア博士といって、漂流していた私を助けてくれた恩人です。あとは職場の同僚というか、恩人の仲間というか、複雑な感じなんですが――」
「すみませんが、大人数で話し込むなら場所を変えていただけませんか?」
「あ、すみません」
受付の人に怒られてしまった。人数も増えてきてるし、受付窓口前に集まったまま話してたら流石に邪魔か。
そんなわけで、公民館内の部屋は生活スペースとして利用されている箇所が多いみたいなので元駐車場っぽいスペースへ移動。車の使用が少ないせいか、土が散らばっている割に自動車のタイヤ痕が全然ない不思議な駐車場になっている。
「それで、漂流? 海に居たのか?」
「そのようなものですが、ええと、私の主観では、こちらで暮らしていた後、気づいたら拾われていて、まだ一か月も経ってないんですよ」
「え、何、急にホラー?」
「浦島太郎じゃね? それと比べれば大人しい倍率ではあるけど」
「ああ……え、それホントの話?」
「はい」
織宮さんは最初の男子以外にも女子が加わってわいわいと話している。……俺も一応一緒に移動したけど、高校生ぐらいの男女が旧交を温めているところに加わるのは気が引ける。
まぁ、だからといって何もしないのもどうかと思わないでもないから、黒いアクリルゴーレムをスマホサイズで取り出して、周辺の魔力を探ることにした。




