07:深夜の路地裏と危険色
織宮さんはなでたり話したり色々しているうちにうとうととし始めたので新たにベッドを用意し、ウィッシュに頼んで寝かしつけてもらって、俺は改めて魔力の種類を見極めるべく集中していたものの、成果は出せそうにない。
強弱以外に違いがあるのは何となく読み取れるんだけど、『ここがこうなっていたら魔法少女』『ここがこうなっていたら退魔巫女(仮)』『ここがこうなっていたらモンスター』といった判別ができるほどの情報を読み取るのが難しい。
例えるなら、PC上のファイルを、拡張子もファイル名もない状態で判別するために頑張っているところで、サイズはわかるし中身を多少読めもするんだけど、どこが始まりかもわからないし変動もするから判別が困難……みたいな感じ? 魔力が使われてる時ならどういう目的で働いているかは読み取りやすいけど、待機状態では差がわからない。
ある程度のパターンはありそうだから情報は蓄積していくとして、アナログ的に反応を追いかける……のも難しいか。現在の人口に対する数パーセント、一〇万人を超える規模でそこそこの超常現象を起こせそうな魔力持ちが居るからね。
一部を追いかけるにしても、何か魔法的な手段でデコイを用意した時や回収時、あるいは何かバラバラにされるか取り込まれた時なんかの判定に困りそうだし、転移でもされたら振り切られそうだとかいう問題もある。
いっそ目印でも刻んでやろうかと思わないでもないところだけど、そんなことをして平気な相手ならそのまま処理した方が良いだろうしなぁ。
ということで、魔力の反応からもっと詳細な情報を読み取れるようになるのがベターという結論に戻ってきて、それができれば苦労しないと、一応試しながら他の方法も模索するループが続いている。データの蓄積自体は進んでいると思うから、その場で立ち往生してるわけでもないのが救いかな。
「……?」
星が瞬くような、光の変化が視界の隅の方で少し見えた気がした。
それはつまり、地図上では魔力の強さを光の強さで表しているから、今、そこで魔力の強さに瞬間的な変化が起こったということ――なんだけど、ログ保存とかしてないから強くなったのか弱くなったのかもちょっと自信がないなコレ……!
と、思っていたらもう一度同じ所で反応が瞬くような変化を起こした。場所は街中っぽいし、相手も居るみたいだけど、何をしてるんだろ。
地図は実際の地形の一万分の一以下ぐらいのサイズだから、視力が上がってても流石に細かすぎてよく見えないんだよね。裸眼で見るなら虫眼鏡が欲しい。
「ちょっと拡大表示……」
というわけで、アクリル板を取り出してさっき見ていた地点付近の情報を表示してみると、向き合って何かしてる……あ、よく見えてなかったけど魔力低めの反応がいくつかあって、一方が半包囲されてる?
包囲している側の形は、特にモンスターっぽかったりはしない。いや、特に魔力が強い人型の反応にはなんか悪魔っぽい角とか蝙蝠系の翼は付いてるけど、実際に変身できる人が何人も居るのは判明してるし、何かの衣装の一種かもしれないし?
さて、もっとしっかり見たいところだけど――
◆
これは、隔離された世界に超常の存在が現れるようになり、各所で見られるようになった戦いの一つ。
包囲されかけている側は黒いゴスロリ風のミニスカドレスに身を包む金髪の少女。
もう一方は、ボディラインを隠しもしない露出度の高い衣装に身を包む蝙蝠のような翼とヤギのような角を生やしている女と、どこか虚ろな表情の男性達。
「アッハハハハハ! 形勢逆転ねえ魔法少女ちゃん? どんな気分かしらあ」
「くっ、卑怯な……!」
「あらあら、不意打ちを仕掛けてきた貴女は卑怯じゃないとでも言うつもり? アレは私も本当に死んだかと思ったわ。惜しかったわね」
「まだよ、まだ終わってない!」
「まだ、そうね。でもぉ、今回の襲撃で、貴女の大事なヒトが誰か、わかっちゃったからぁ、貴女が逃げたり抵抗したらどうなるか……わかるわよね?」
「なっ!」
「ウフフフフ。貴女が大人しく従っている間は生かしておいてあげるわよ? でも逃げたりなんかしたら……そうね、治療が可能な程度に痛めつけるだけで済ませてあげるわ。でも、私を殺そうとしたら、貴女の大事な大事なカレだけは、必ず殺してあげる。さあ、どうする?」
「っ、っ……!」
魔法少女はギリイッと音が鳴るほど強く歯が噛み締め、両手も爪が食い込むほどに強く握り締めたが、逃げることも逆らうこともできずにいる。
そんな魔法少女の弱点を幸運にも手中に収めていた女――サキュバスと呼ばれるモンスターは満足げに笑みを深め、勝利を確信した。
モンスターは魔力を吸収することで自身を強化することもできるのだが、このサキュバスはあまり強い力を持つ個体ではなく、オークなどのモンスターと比べると獲物の好みにも煩い種族である。
しかし、襲った獲物を殺し、食らうことで強化を行うモンスターとは異なり、人間を飼育する術には長けているため、好みに合致する獲物を捕らえることさえできるなら……特に魔法少女などが対象になる場合は、一人を捕らえるだけで大量の魔力を取り込むことができる。獲物となった対象者は、それだけ長期間飼育されるということでもあるが。
だが――
「アハハハハハ、なんていい顔かしらね! それじゃあ、この首輪を自分の手で身に着けてくれるかしら? そうすれば、貴女が残りの人生を過ごす部屋まで案内して――ッ、何?」
上機嫌なサキュバスの言葉が途中で止まり、空に視線を向ける。
魔法少女も釣られてそちらに視線を向けると、魔力を持つ何かがこの場に飛んできているところだった。
この魔法少女の知るところではないが、飛んできた物は明路が支配下に置いている、流線形に整えられたアクリルゴーレムであり――到着した時点でサキュバスはほぼ詰んでいる。
屈折率の違いで視認はできても透明な塊にしか見えないアクリルゴーレムは、空中に留まるなりその形を変え、細身の人形のような形になると、胸元に構えた透明な板に日本語で文字を表示させた。
「『これ、どういう状況?』? いや、まず、あなたが何なのよ」
「ああ、ニホンゴで書かれているのね……空を飛べて、ニホンゴで筆談するゴーレム?」
「……『殺し合いの最中だったのか?』って、見てわかるでしょう」
「ええええ。円満に私の部屋に来てもらう話がついたところでしたの。どこのどなたかは存じませんが、口出しは止めていただけますか?」
「どの口がッ……!」
サキュバスにとって不運だったのは、ゴーレムを操作していた明路が、言葉に出さなくとも誰が誰に敵意や殺意を向けているかを認識できる力を備えていたこと。また、人質を取られて手を出せずにいる正義のヒロインという構図はもはや飽きるほどに見慣れていて、今回は手遅れではなく、どうにでも処理できる力を備えていたこと。
そして――
「あ、う、うあ……!」
「っ、私の《魅了》が解けかけている? どうして!?」
人質にとってサキュバスの洗脳染みた《魅了》がかかっている状態は異常なものであり、明路が無意識に発揮している周囲の魔力の流れを整える力が発揮されれば無効化できる程度のものだったこと。
明路本人としては本当に何をしたつもりもなく、何ならこの場に現れることすらなくとも、あと一分も地図上に注目していたらそれだけでサキュバスの《魅了》は解けていたが、ゴーレムを近くまで飛ばしたことでそれが更に早まっていた。
「なんだかよくわからないけど、チャンスねっ!」
「あグッ、バ、バカな……なんで、なんでこんなタイミングでっ!? ……ゴーレムかっ!」
「消し飛びなさい! ライトニングインパクトッ!」
「ギャッッ」
魔法少女とサキュバスの直接的な戦闘能力の差は歴然としたものであり、人質さえ居なければ順当な結果である。
「……それで、あなたはどうするの? そう。一応、礼は言っておくわね。ありがと」
明路は『確認しに来ただけだからもう帰るよ』、『意識してやったことじゃないけど、どういたしまして』とメッセージを表示させて、魔法少女が読み終えたと思ったタイミングで変形させたゴーレムを再び飛ばして帰還させた。
人を餌として飼育するようなモンスターを倒した魔法少女は助かった一般人達、特に魔法少女に対する人質として有効だった一人を見て満足げに頷き、自身も飛び去ろうと――
「ひ、人殺しっ!」
「……は?」
身を翻しかけたところで、聞き慣れた声の、想定外の言葉を掛けられた。
この場から離れた明路はこの時、先程の魔法少女が救った人達に敵意を向けられていることには気づいたが、魔法少女にとって大事な人が人質に含まれていたことには気づいておらず、魔力の強さから人質だった一般人に直接的に害されることはないと判断していた。
「な、何言ってるのよ、あれはモンスターで、あの角も翼も本物だったし、空を飛んで、洗脳までしてたじゃない?」
「だが、僕達は誰も攻撃されてなんかいない。ここで暴力を振るったのは君だけじゃないか!」
「は……?」
これまで何度もモンスターと戦っていた魔法少女は、連れ去られた人間が誰一人として帰ってきていないことを知っている。干からびた、ボロボロにされた男女を見てきている。だからこそ必死で守ってきたし、つい先ほどなど、自分がどうなるかを理解した上で身を捧げる覚悟すらしかけていた。
そんな内心も、守られていたことすら知りもしない男は、動きが止まった魔法少女に対して更に言葉を連ねていく。
「それにその髪、外国人らしさがまるで感じられない顔つきでその色ということは染めているのか? 服装も酷い趣味だ。煌麗がそれとなく好んでいたことは知っているが、こんな女と同列視されないように彼女にも言い聞かせないと……」
「……っ!」
普段ならこのようなことは言わない男だったが、サキュバスに魅了されていた間のことをはっきりとは覚えておらず、手駒として魔法少女と対峙していた際の感覚がうっすらと残っているが故の敵意に押されてあふれた言動である。完全に正気であれば、人殺しだと糾弾する前に怯えて逃げている。
ゴスロリ姿に変身している魔法少女、宙川煌麗もそのことに薄々気づいてはいるが、勢いがついているとはいえ、本心からの言葉でもあるということにも気づいている。
本質的にそこまで相性が良くはない二人だが、今日この時までは――サキュバスにとっては幸運にも、衝突すらすることなく煌麗は男を好きでいた。今回のような件がなければ、時間をかければ上手く擦り合わせることもできた未来もあり得ただろう。
本人を前にしてその名前を出していることについても、魔法少女に変身している間は顔を晒していても上手く認識されないこともわかっている。しかし、男が少しでも長く生きられるように、自分の命を捨てようとすら思っていた直後のこの衝突は、煌麗に受け止められるようなものではなく――
「っ、逃げるのか!」
「っ」
その場から逃げるように飛び去った。
◇
さっきの子、助けた人たちに敵意を向けられてたからちょっと心配ではあったけど、まぁ、無事なようで一安心。
強さに大きな差があっても、流石になすがままになっていたら命に関わる程度の差だし、キレて皆殺しに、なんて可能性もあったけど両者無事っぽいし。
ともかく、魔術なり魔法なりを使ったら魔力の強弱にも影響が出ることはわかったから、一分ぐらいログを保存して変化量を表示できるようにしてみるかな。
宙川煌麗
魔法少女に変身できる女子高校生。
健示が人質にされたことでサキュバスに負けかけていた。
栗屋健示
煌麗と良い関係になりつつあった男子高校生。
操られている間は意識もはっきりしておらず、目の前の魔法少女が煌麗本人だと認識していなかったとはいえ、本人に対して致命的な糾弾をしてしまった。
サキュバス
さほど強くはないがちょくちょく発生しているモンスター。
生かさず殺さず、最終的には死ぬまで玩具にする程度には凶悪。
男女どちらでもいけるバイセクシャル。
サキュバスが持っていた首輪
装着しただけで完全に魔法を封じきれるほど強力な道具ではないが、魔法の発動を阻害する効果がある。
自分で着けても他人の手で着けさせられても効果は変わらないし、着脱不可というわけでもない。
飼育用の部屋には更に強力に魔法を封じる道具や設備が用意されており、そこに移送する間の安全を確保する目的で使う予定だった。




