06:イチャイチャ(?)しながらお話
少し思い返してみると……要件を満たすものだったとはいえ、頭だけが出ている黒い全身タイツを、俺は何で、知り合って二週間くらいしか経ってない異性に贈ってるんだろうなぁ、と。
結果として織宮さんは割と自主的に着替えていたし、今は椅子に座っている俺に向かい合うような形で跨っている。顔は真正面ではなく左にあるけど、その分だけ密着されているという体勢。
それと、全身タイツに着替えている最中は下着を着けていたはずだけど、いつの間にやら凹凸で色々わかる状態になってしまっていたのも何というか……何でこの子はこんなに距離を詰めてくるんだろうね? いや、密着してればそれで気持ちよくなるらしいけど……だからって、ねぇ?
ウィッシュの一部が俺から織宮さんに移った、なんてことはないみたいだし、織宮さんはかなり無垢そうだったから違和感がある。
「もう少し、もっと、強く……ぎゅっと……」
「……まぁ、良いけどね」
「あぅっ」
リクエスト通りかは別として腕の少し強めてみると、織宮さんは更に体を押し付けるようにしながら震えた。
元々の体格差に加えてLv差も十五、六ぐらいあるから、下手すると俺の方が十倍くらい力が強かったりもしそうなんだけど、そういう点を考慮しても抵抗らしい抵抗はなく、心拍は高いまま呼吸も色っぽく乱れている。いつの間にか、ズボン越しに振れている布地の感触が湿り気を帯びている気もする。
「そ、その、私はMというわけではないのですが……」
「えっ?」
「な、ないのですがっ、ちょっとだけ、痛くしてみていただけませんか?」
「……うん。まぁ、いいけど……本当にちょっとだけだよ?」
自分がマゾかどうかを妙に気にしている理由は、考えてみればわからないことでもない。若干気にくわないところではあるけど、それもある意味丁度良いと言えなくもない、かな?
ということで、脇腹の肋骨下端付近の薄い肉を適度な力で、爪は立てずにつねってみる。
「っっ?! た、只野さん?!?」
「ん、痛くなかった?」
「痛みはありましたが、叩かれるかと思ってました……」
「……そっちで上手く力加減できる自信はないかな。それでだけどね、織宮さん」
「は、はい、何でしょうか?」
織宮さんは俺の真面目な空気を察したのか、少し冷静さを取り戻した様子。
「一個ずつ確認していくけど……織宮さんがMであるかは置いておいて、織宮さんはそう思われたくないと思ってる、ってことでOK?」
「え、ええっと、そう、ですね。はい」
「だよね。じゃあ、Mだと思われたらどうなると思う?」
「……? えっと、どうもこうも、変態だと思われるのは嫌ですよ?」
「うん、問題なのはそこだね。混同しちゃいけないところを混同してる感じ」
「混同、ですか?」
「そ。レッテル貼りというかステレオタイプというか、偏見を持っちゃってると思う」
マゾヒズムは変態と表現して問題ない性癖だとは思うけど、変態は周囲の人間に蔑まれる異常者とイコールではない。
「例えば、同性愛者や性転換者は、今はLGBTだ性的少数派だとかで認められてる国もあるけど、性的に正常な状態ではないから変態ではある。でも、通行人にわいせつ物を見せつける露出狂とか、下着泥棒や痴漢みたいな、周囲に迷惑をかける変質者とは別でしょ?」
「それは……そうですね」
積極的に関わりたいかと言われればそうでもないけどね。特にTは身体的に同性として生まれた相手に異性として見られたい、あるいは身体的に異性として生まれた相手に同性として見られたいって欲が溢れてそうだけど、多数派である異性愛者が求めるのは異性として生まれた異性であり、俺もその中に含まれる異性愛者だ。
「で、マゾヒスト、Mと言われる性的嗜好の持ち主だって、路上であれこれやらかしたり近所に迷惑をかけまくるようなら問題だけど、恋人や配偶者と個人的に楽しむ分には何の問題もなく……隠していた性的嗜好を根掘り葉掘り聞きだして馬鹿にするような人が居るなら、そんな風に聞き出そうとしてる人の方が犯罪者に近い変態だと思うよ」
「……あー……それも確かに、そうかもしれません」
名誉や立場を重視して上を目指すのが好きな性格、って表現でまとめれば一般的だとは思うけど、標的として定めた人間の弱点を暴き出し、足を引っ張って貶めることを全肯定してそうなのはねぇ。
まぁ、俺がそういうタイプを特別嫌ってるって部分もあるけども。
あと、『お前マゾなんだって?』みたいな感じで女の子に絡みに行くエロ本の竿役みたいな男も嫌いか。この世界に居るかは知らないけど居る所にはマジで居るからなぁ。
「…………ところで、只野さんは、Mな子のことをどう思います?」
「俺? そりゃまぁ、人と程度によるかな」
「……よっちゃいますか」
「よっちゃうね。恋人と仲良く楽しんでるくらいならお幸せにってなるけど、相手が誰でもいいとか、周囲を巻き込むことにも構わず破滅に突き進むとか、モンスターに容赦なくズタズタにされたい、みたいな子が居たら、ケースバイケース?」
「あっ、はい」
自分からそんなところに堕ちていく子はどうかと思うけど、周辺環境が悪くて堕ちざるをえなかったような子はどうにかしたいとも思う。実際ウィッシュの中にもそういう子は居たし。
マゾ気味なヒロインが登場する成人向け作品を俺が多数嗜んでいたのは置いておく。フィクションの話だしね。
「じゃあ、その、只野さんは、私がMだったらどう思います?」
「えっ? ああ、どうって言われても……行き過ぎてるってほどでもなくて、周りにも迷惑はかけてないみたいだし、特に悪く思う要素はないよ」
「んん、それは嬉しいですがそうではなくて……恋人にするなら、Mな私と、そうでない私、どっちの方がタイプです?」
「その二択ならMな方だね」
「そ、即答ですか」
「うん。より正確に言うなら、織宮さんはM=変態=変質者、みたいな短絡的思考が根付いちゃってて嫌がってるみたいだけど、現時点でもMっぽい所は確実にあるように見えるから、素直な方がタイプって感じ」
「な、なるほどです……」
本人はまだちょっと不満そうにはしてるけど、全身タイツ一枚だけとかいう姿で俺に跨って、なでさせたり痛くさせたりしていた織宮さんはMじゃない、なんて言われても、そんなの誰が信じるんだって話で。
「それに、SだとかMだとか言っても料理の味付けや入ってる具材の好みみたいなもので、後天的に変えられたり両方該当することも普通にあるものだからね」
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ? よっぽど行き過ぎてでもいない限りは条件反射の条件付けである程度制御できる範囲……のはず」
成人向け作品でよくある『調教』はフィクションだとしても、ストックホルム症候群は実際あるらしい。もっと身近な例だとブラック企業の社畜もある意味同類かなとか。
「それで話は戻るんだけど、織宮さんさー」
「な、なんでしょうか?」
「自分がMではないと証明するために俺にさっきまでみたいなことをさせてたんだと思うけど……犬や猫を前にして嫌われるまでちょっかいをかけ続けろと言われてるような、罰ゲームみたいなものだと思わない? しかも本人がどんな風に嫌だと感じるかに集中してそうなのは、ね?」
「ッ!! そ、それにつきましては大変申し訳ないです……」
「うん。まぁ、俺も気づくのは遅かったし、わざとじゃないのはわかってて、今言うことは言ったから良いよ」
「そうですか……ありがとうございます」
「お礼を言われるのも変な感じだけど、うん」
言葉だけでなく、落ち着かせるように背中を軽くポンポンと叩いて怒ってないよとアピール。それが通じたのか、織宮さんの体から少し力が抜けた気はする。
「な、何かお詫びとか……した方が良いですか?」
「いやいいよ。というかなんか周囲を気持ちよくする効果があるらしいけど、俺は自覚できてないから、下手なことをすると癖になる可能性が高そうだから、やめた方がいいと思うよホント」
「……そう、ですか? ……そうなったら、只野さんに貰っていただけますか?」
「まぁ、どうしようもなくなったらね。いやでも、日が昇ったら織宮さんの地元に行く予定だけど、仲の良い男子とか居なかったの?」
「う、うーん……幼馴染と言えるような子も居るんですが、弟みたいなもので、恋人とかではないですよ?」
「あー……うん」
地元に異性の幼馴染が居ると。
この織宮さんの幼馴染って、どのパターンだろう?
(どう思う?)
(ううーん、織宮さんは、本当に何とも思ってなさそうではありますが、その幼馴染さんを見ないことにはわかりませんね)
(まぁ、そうだよねぇ)
今まで俺が見てきたウィッシュの過去は、かなり多岐にわってるから幼馴染が居るという情報だけでは絞り切れない。
ウィッシュの方から何とも思っていなかったって条件でも、本当に相手側からも何とも思っていなかったと思われる例はあるし、何かカミングアウトしながら悪堕ち的な展開になった例もある。どっちが多かったかは覚えてないけど、ダメな結果に至ったパターンがかなり印象に残ってるんだよなぁ。
って、ウィッシュの中の誰一人として経験したことがないパターンの可能性もあるから、結局見るまでわからないか。




