21:飛んできたもの
距離はほんの数百メートルしかないとはいえ、暴れているのは小規模な建物なら簡単に叩き壊せてしまうモンスター。
気になるのは、俺が知ってる――もとい、実際に見たことのあるオークは猪と似た顔で茶色の毛並みを持つ猪人間のようなモンスターだったのに対して、今回のオークは鼻が上向きに潰れて豚っぽく見えている、毛が生えているようには見えない緑色の肌を持つモンスターという点。
まぁ、単にオークと言われて思い浮かべやすい造形はどちらかという質問があれば、今回出てきた緑肌の方かなと思わないこともない。サイズを考えると猪人間の方かな? なんにせよ、どっちもオークと呼ばれているのはちょっと紛らわしい気がする。
……考えてみれば、いくつもの世界が漂着している迷宮都市だし、通称が被ることはあるか。男爵でもメークインでもじゃがいも、うるち米でももち米でも長粒種でも色がついてても米ではある、みたいな。
そんなことを考えているうちに角を曲がって公園に到着。
近くに見慣れた様式の建造物が多いせいか、中々に大きなモンスターに見える。
「オオ、随分ト早カッタナ」
「おや、日本語を話せるのか。やっている事の割に知能はありそうだね」
「ム?」
俺達に気づいて破壊活動を止め、ランス博士が話しかけると俺達に向けていた敵意がほぼ霧散した。狂戦士のような敵意を持っているモンスターと比較するまでもなく、しっかりと物事を考えてそうだ。
「アア、聞イテイタ雌ドモトハ無関係ナ輩ガ紛レ込ンダノカ」
「うむ?」
「王タル我ガ来タコトヲ感ジ、急イダノカト思ッタガ、ソレニシテハ早スギルカ」
「ふむ……対策本部とは別にこういう連中と戦っている勢力もある、ということかね」
話しているように見えて、内容としては互いに独り言を口にしてるだけみたいな感じだけど、情報のやり取りは発生してるからやっぱり話してる? ともかく、当のオークは王なんて自称している割に、茶色いボロ布だか皮だかよくわからないものを腰巻にした原始人風のスタイルである。
多少の魔力は備えてそうではあるものの、Lvも大して高くはなさそうだから、今の織宮さんなら一対一で戦っても勝てそうなぐらい。不確定要素次第でギリギリになりそうだけど、と周囲の熱源を探ってみても人らしい反応はないから、あとは向こうの手札次第かなと。
「マァ、余興ニハ丁度良カロウ。兵ヨ、来イ」
兵? なんて思っていたら黒っぽい紫のような色の、いかにも何かが出てきますと言わんばかりの靄の塊がいくつも現れ、それぞれから大きな剣を持った身長二メートルほどの緑肌のオークが出てきた。出てきたオークは一〇体。
子供が走り回るくらいなら問題なさそうな公園だけど、身長一二、三メートルくらいのデカいオーク一体と身長二メートルほどのオーク一〇体が居るせいでかなり狭く感じる。
「ほう、召喚能力持ち、周辺の壊れ具合からして、自力で転移もできると考えて良さそうだね」
「生意気ナ雌ダナ。一体行ケ。実力ヲ思イ知ラセテヤレ」
「ガッ」
デカいオークの命令に従って、本当にオークが一体だけ前に出てきて、体格に見合った大きさの剣を肩に担ぐように構えた。アイコンタクトを取っている様子もなくスッと一体だけ出てくるのはちょっと不思議な感じ。
それと、前に出てきたオークはともかく、デカいオークからは敵意らしいものをほとんど感じない……自分はまともに戦う必要すらなく当然のように勝てる、とでも思ってるのかな?
「ふぅむ……この流れで私がやるのは空気が読めてなさすぎるか。……誰か行きたくはないかね?」
「じゃあ、私が。そろそろ戦いたいですし」
「うむ、任せよう」
こちらで立候補したのは、護衛を兼ねた戦力でもある上級探索者の一人。
前に歩み出ながら左手には盾、背中には右肩側に柄が来るように剣を取り出し、柄を掴んでから剣の鞘を収納することで剣を抜き、オークを挑発するように盾を持っている左手で大きな手招き……腕招き?
オークとの身長差は三〇センチくらいあるけど、まぁ、迷宮のモンスターはもっとデカいのも当然のように居るし、Lvも一〇未満ぐらいしかなさそうだから、上級探索者なら何の問題もないかな。
「雌ガ出テキタカ。簡単ニ死ンデクレルナヨ?」
デカいオークの思いきりこちらを見下した発言……物理的に上から見下されてはいるわけだけど、手下のオークの方も手加減をするつもりのようで、諸刃になっている剣の腹の部分を当てるように剣を振り、立候補した探索者は当然のように、その一撃を軽く受け止め、弾き返した。
「ガッ?!」
「いくらなんでも舐めすぎでしょう。エマ、こいつは殺しても?」
「オークにしては珍しいぐらいの能力を揃えているが、今のところ既知の力しかない。私は構わないと思うのだがね」
「そうだの。実力差を見抜けなかったのはともかく、最終的に殺す程度のつもりはあっただろうし」
「そうだね、僕も同意見だよ」
ランス博士とイデア博士が答え、ライド博士も同意。
何だろう、そこはかとなく悪役っぽい気がする。
「了解。ま、そういうわけだから、最期に全力ぐらい出しなよ?」
「グ……ォオオオッ!!」
オークは今度こそはと気合を入れたのか、叫びながら刃を立てるように剣を振り下ろし、掲げるように構えられていた剣に軽く阻まれる。
「ッ、ガッ?!?」
「それじゃ、さよなら」
一声かけて、わかりやすく上段に構えてから振り下ろされた探索者側の剣は、盾にするように構えられていた剣ごとオークを真っ二つに斬り裂いた。
体格だけ見るとそれなりの違和感もあるとはいえ、Lv込みで考えれば実に順当な結果だと思う。
「ホウ? コレハマタ優秀ナ雌デハナイカ」
「ハァ、言葉は話せても所詮オークはオークかね」
「キサマラ人間モソウデアロウ? 雑兵ヲ蹴散ラセタトコロデ我ニハ及バヌ。絶望ニ沈ムマデノ最後ノヒト時ヲ噛ミ締メテオクガ良イ」
「思い上がった馬鹿が居るのは確かだが、ほぼ全個体がそうなっている豚に言われたくはないのだよ。どうせ苗床にしてやるだのと言うだけだろう?」
「フム、ソレヲ知ッテココニ居ルトハ……数ガ揃ッテイレバ可能性ハアルカ? キサマラハスグニ増エルカラナ」
「元の個体数から考えれば、増えるのが早いのはオークの方だがね」
頭が固いのか、柔軟なのかよくわからない会話が続いている。まぁ、破壊活動は止まったままだから今すぐ動く必要性も特に感じないわけだけど……とりあえず、成人指定が必要になりそうなタイプのオークっぽいのはわかった。
あと、向こうは体格に見合った大きな声で、ランス博士の方は普通に話してる感じなのにしっかり話が通じてるところからして、少なくとも耳が良いのは間違いなさそうだ。
「フン、時間ヲ掛ケスギルト面白クナイコトニナリソウダガ……マァ、良イ。次、三体行ケ」
『ガッ』
「加勢は必要かね?」
「要らない。逃げられそうになった時だけお願い」
「うむ」
そんなこんなで一対三の戦いとなり、スパスパスパッとオークの死体が三つ増えた。
オーク達は味方が死んでも特に気にしてなさそうだったり、行けと言われたオーク達からの敵意の強さが同程度なのも少し気になるかな? 最初の一体はまだものを考えてそうだったのにどうしたんだろうか。
「数体ノ雑兵デハ相手ニナラヌカ。……コノ場ハ狭スギルナ。残リハ全員デ行ケ」
『ガッ』
さっきから手下のオーク達の反応が同じ……それこそゲームのキャラクターでも何パターンかセリフが用意されてることだってあるのに、声質から同一っぽいし……いやまぁ、鳥や虫の鳴き声を区別できる気はしないし、犬猫でもそれは同じ、というか人間以外はほぼ無理だし、人間でも似てたら難しいけどねぇ。
それにしても、いくら他種族とはいえ、体格や顔みたいなものも含めてあまりにも個体差が見当たらなさすぎる気がする。
末路も同じで、スパスパと一撃で仕留められていく。こっちが強いのか相手が弱いのかわからないけど、なんとも雑魚敵っぽい感じ。
「ハハハハハ、ヤハリ相手ニナラヌナ。ダガ、我ガ軍団ガコノ程度ト思ッテモラッテハ困ル。兵ヨ、来イ。シバラク足止メヲシテイロ」
「ふむ、奥の手でもあるのかね?」
「アア、狙ッテイタ獲物ハ居ナカッタガ、コレダケノ上物ガ居タナラ悪クナイ」
また独り言っぽい雰囲気になった……何というか、つくづく話を聞かない奴だなこのデカオーク。
あと、さっきと同じような言葉で召喚されたオークは、身長も二メートルほどで装備まで同じ個体ばかりだけど、今回の数は二〇体。積極的に向かってくるわけでもなく、かといって逃げたり周辺で破壊活動を行うでもなく、ただにらみ合っているだけという状況になった。あんまり長引くようなら仕留めに向かうべきかな?
「……うん?」
このデカオークを発見する前、織宮さんの先導で進んでいた方角から、デカオークに敵意を向けている何かが二つ、空を飛んできている模様。移動速度は、自動車より少し速そうなくらい、高さは周辺の建物より少し高い程度だ。
「ム? ホウ! ッハハハハハ! ヨク来タナ魔法少女共!」
デカオークは周辺の建物と比べて、全部とは言わないけど頭が屋上より上にある建物が多いからか視線も通りやすいようで、デカオークは自身に向かってきている何かに気づいた様子で上機嫌になった。ただ、相変わらず敵意は薄くしか感じられない。
ここまでの発言から考えると、獲物として狙っていた魔法少女が来たってことになりそうだけど……何というか、どこのエロ同人だよと。いやまぁ居るのは知ってたけどね、と織宮さんの方を見てみると、デカオークに強めの敵意を向けつつ空の様子を見ようとしている。
「これ以上の乱暴は許しません! ちょ、ちょっと大きくなったって、いつも通り退治してあげます!」
「公園が血で真っ赤に、なんて事を……あら?」
空を飛んできたのは、それぞれ緑色と青色を基調にした鮮やかな色合いの少女二人。デザインにも多少の差異はあるものの、同じグループだと判断できそうな範囲のヒラヒラ、フリフリとした衣装を着ている。空を飛べるのにスカートはアイドル風の横に広がるようなタイプである。
電気が届いてないのか街灯は点いてないけど、まだ空に太陽の明かりがあるし、空を飛んでいる二人はうっすらと光っているようで、視認性が非常に高い。スカートの下の、それぞれのカラーと同じ色のぴっちりとしたショートレギンスも丸見えだ。
「ブルー? 今は目の前に集中しないと!」
「それもそうなんだけど、ねえグリーン、民間人の犠牲者は見える?」
「は? あんなに真っ赤なのに居ないわけが……あれ、犠牲者はオークだけ?」
「ビルを二つ壊したのはそこの大きなオークだよー!」
「あ、そ、そうよね?」
俺達の方の耳は良いけど、空に浮いている少女二人の耳も良いとは限らないので、ちょっと大きめの声を出して事実を提示しておいた。
「ククク、ヤハリ、コノ二匹ガ魔力ノ質デハ優レテイル。多少ノ雄モ紛レ込ムガ、今ハ気分ガ良イ。諸共我ガ領域ヘ招待シテヤロウ! 魔法陣、展開!」
ぶわっと、大きな円の中に色々書きこまれた図形の形の魔力が光りながら、デカいオークを中心に建物を無視しながら広がっていく。足止めとか言ってたのはこの準備だった感じかな?
高さ五〇メートルくらいの空にも同じような図形が広がって、半径五〇メートルくらいになったところで拡張が止まり、ゆっくりと回転し始めた。この範囲内の生き物を転移させる魔法陣とかだったりするのかな。
空に居る二人は「なっ、こ、これは!?」みたいな感じで驚いてるけど、驚いてるうちに巻き込まれそう。何しに来たんだあの二人。
「ランス博士、止めなくて良いんですか?」
「捕らわれた女性も居るだろうから、巣に案内してくれるというのなら手っ取り早い。帰還先が分からなくなるほど複雑な転移ではなさそうだし、最悪、極端に時間の流れが遅い空間に飛ばされたとしても、迷宮都市に帰還できる命綱はあるから心配無用なのだよ」
「はぁ、なるほどですね」
何となくピンチっぽい気はするけど、アトラクションの安全バーが下りて間もなく発進、ってのと同じぐらい安全そうでもある。
「クハハハハ! 集団転移、発動ダ! ハハハハハハ!」
デカいオークの勝ち誇ったような言葉とともに、図形が更に輝きを増した。




