20:のんびり歩き話
「……只野さん、さっきから周りを見てるみたいですけど、何か面白いものでもありましたか?」
「いや、見覚えのある所はないかと思ってね」
「なるほど……? あ、ウィッシュさんも一緒に見てるんでしょうか」
「うん。ついでに俺も、夢みたいな形で何回も見たことはあるからね」
「な、なるほどです」
結構膨大な数の記憶が混じってるし、並行世界とはいえ全員の居住地が同じってわけでもないから、俺がわかるのは相当特徴的だったか、高頻度で見た所ぐらいだけどね。
車がほとんど通らない道を歩きながら周囲を見ていても、特に記憶に引っかかるような景色はない。勿論コンビニなんかは当然見覚えもあるけど、そういうのはどこにでもあるものだから、よくある日本らしい街だなって程度の印象かな。
「……あれ? それならあのスクランブル交差点に見覚えはなかったんですか?」
「いかにも東京らしい交差点だなーってぐらいの見覚えはあったよ? ウィッシュの方は色んな名前の場所を思い出して混乱してたみたい」
「色んな名前って……どんなのでしょう?」
「あー、ウィッシュの中でまとまらなかったみたいで聞けてなかったけど、大体は駅やビルの名前で○○前って感じで……まぁ、駅やビルの名前が違う世界の子も混じってるから本当に色々だね」
「えっ?」
「うむ?」
話をしていた織宮さんだけでなく、ついでに聞いていたらしいランス博士も何やら疑問があるらしい。どんな子が混じってウィッシュというおおよそ一塊の人格になっているかを具体的に話すのは、もう少し腰を落ち着けられるプライベートな場にしたいところなんだけど。
「その、混じってるっていうのは……どういう意味でしょうか」
「うん? 意味ならそのまま言った通り、ビルの名前が違う世界があったり、別の所に同じようなビル群が立ち並んだ世界なんかもあったりして、そういう世界出身の子も混じってるってだけだけど」
「え、ええっと……?」
「?」
織宮さんがどのあたりで理解に詰まってるのかイマイチわからないんだけど、何だろう?
「もしや、ウィッシュというのは複数人を指しているのかね?」
「あー……まぁ大体そんな感じではあるんですが、異次元空間で消えかけているうちにかなり深いところまで入り混じっているというか、通じ合っているというか……ウィッシュのことは多重人格を持つ個人と認識しても間違いではない状態かと」
「う、ううむ……思っていた状況より何倍も複雑そうな気がするのだが……アキミチ君はよくもまぁそれでその体を維持できていたものだね?」
「その辺については、ウィッシュの……ウィッシュを構成する子たちの性格が、根っこから献身的なお人よしばかりで、元々居た世界が無くなって自分自身も消えかけているような極限状態でも俺の方を優先したからですね。おかげで博士に拾われるまで体にも記憶にも欠落などはない状態を維持できましたが――」
「ご主人様はこう言ってますが、ご主人様も私を、私達を残そうと頑張っていたのでお互い様だったんですよ?」
「!?」
ウィッシュが巫女服姿のウィッシュの応対用の身体でスッと現れて話に割り込んだ。長い黒髪を後ろで束ね、草履も履いていていかにもな雰囲気はあるけど、染料は通販で買ったものだったり行燈袴だったりしているし、どこかの神社に所属しているわけでもない、それっぽく見えるだけのコスプレ衣装である。
ってそうじゃなくて、ええと。
「いや、その、彼女らの方が俺よりだいぶ積極的にやってたと思いますよ? ほんとに」
「それはそうかもしれませんが、ご主人様が頑張ってなかったら、話せる状態にはなかったはずです」
「ま、まぁ、そうだとしても、俺は異次元空間上で漂ってる間にのんびり話を聞いてただけ、みたいなもんだし?」
「それが良かったんですよ? 思えば当時は、本当に私達の話を延々聞かせてしまっていただけだったので、私達はしっかり救われました。大きな恩を受けたのは私達の方かとっ」
「そんなもんかな……?」
「ですです。えっと、足を止めさせてしまうつもりはなかったので、目的地の方に進みませんか? 現地の方々を混乱させる気もないので、着く前には私はご主人様の中に戻るつもりですが」
「あー……うむ、仲が良さそうで何より、かね?」
ランス博士はどこか納得がいってなさそうな様子ながら、再び歩き始めた。
「ううむ…………街並みが違う例も含む並行世界の出身者をランダムに集めて、全員が体を共有していられる仲になる、ということはあるものなのだろうかね?」
「私達のことであれば、並行世界の同一人物か、最低でも姉妹くらいには近しく感じられる存在だけが引き寄せられるようにして集っていたと思います」
「ふむ? そんな条件で引き寄せることなどできるものなのかね?」
「ウィッシュという私がここに居る、いえ、正確にはご主人様の中に居るのは確かですね。付け加えるなら、親友や恋人といった相手が居ないか、元々居た世界で縁が完全に切れていた例しかないかと」
ま、まぁ、そういう仲の良い相手が居るならその相手と仲良くしてれば良いんじゃないかみたいなことは思ってたけど、言われてみれば確かにそれが影響はしていた可能性はあるかもしれない。
実際にどうだったかは別として、本人達にそう認識されるぐらいに偏っているのは、なんか色々気恥しいというかなんというか。むむむむ。
「ふむぬぅ……? 人と人との縁とは、異次元空間上で引き合うほどに強固なものだったと? いや、ウィッシュ君が実例と言うのであればないこともないのだろうが、消滅寸前まで存在強度が低下していても厳しいような……ああ、ウィッシュ君とイノリ君とで引き合うような感覚はあるかね?」
「私は特に感じていませんが、織宮祈さん、貴女はどうですか?」
「ウィッシュさんのことを自分に近い存在だとは感じていますが……引き寄せられるような感覚はないですね。それと、異次元空間? を漂っていたらしい間の記憶も私にはないですよ、ランス博士」
「まぁ、漂流中の記憶がないのはよくあること……って、アキミチ君? 君も以前は漂流中の記憶がなかったようなことを言っていなかったかね?」
「あ、はい。それなんですが実はウィッシュに思い出せない状態にされてまして、存在を認識してから思い出そうと頑張ってるうちに思い出せるようになりましたけど……言ってませんでしたっけ?」
特に隠そうとした覚えはないけど、ランス博士に話したことはなかったっけかな? あんまりしっかりとは覚えていない。
「……聞いていなかったと思うが、今は良いか。それより、思い出せない状態にされていたというのは?」
「ええと、私達はかなり希薄な状態で……今もまだそうではあるんですが、当時は言葉も伝えられないぐらいでしたし、それなら私達のことは思い出されない方が良いかと思いまして」
ランス博士の質問にウィッシュが答えた。
織宮さんの方は、なんだか複雑そうな表情?
「いや、動機ではなく、方法を聞きたいのだがね?」
「そちらでしたか。記憶を封印させていただいていただけですが、こちらの魔術にもありませんか?」
「肉体に干渉するようなものはないね。魔術ではなく、普通にデータの改竄をするぐらいしかないと思うのだよ。というか、アキミチ君の脳にこれといった損傷や何かの痕跡などは見当たらなかったはずなのだが……間接的に私からも認識できなくなっていたのか? いや、思い出せたということは別の……?」
「え、えっと、間接的に効果を及ぼすことは一応できますが……その、掛ける側が万全で環境も整っている場合の話になりますし、その上でも耐性のない方でも繰り返し思い出そうとしていれば簡単に綻ぶくらいの封印しかできないので、ご主人様からランス博士に効果が及んだりはしていないかと。勿論、ご主人様以外に直接使ったりもしていません」
「ふむ……」
ウィッシュとランス博士の話の内容が気になっているのか、落ち着かない様子の織宮さんが目に付く。
俺としてもまぁ、どのあたりまで話すのかは気になるところではあるけれど――と、何か大きな振動のようなものが地面を伝わってきたようで、少し遅れてドカン、ガラガラといった大きな音が聞こえてきた。
「――ガアアアァァァァァァッ!!」
自分の居場所を知らしめるような、重低音を伴う大きな鳴き声が聞こえてきた。
割と近場っぽい気がする。
「……ウィッシュ」
「はい、戻っておきますっ」
ウィッシュ・応対のLvは一桁台で、おそらくこの場で一番Lvが低い織宮さんより更に低く、集団としての対応力が大きく変わってくるから戻ってもらって、頭上に気を付けながら軽くジャンプ。
音源らしい方向に目を向けると、身長十数メートルくらいの緑色の巨人が、公園のような場所の近くにあるビルを一つ叩き壊したところだったらしい。
「どうやらオークのようだね」
「そのようで……」
跳んだのは俺だけだったのに、ランス博士は音の発生源が何だったかを把握できていたっぽい雰囲気。
「跳ばずに確認できているのはアビリティですか?」
「うむ。アキミチ君のように敵意を感知できるのであれば習得する価値は低いかもしれんが……というか、君もその手のアビリティを得ていたりしないのかね?」
「丘陵宮のオークが《嗅覚拡張》とかいうのを使ってたんで、その辺を解析して応用してますけど、生身で使える状態にはしてなかったんですよ」
「ふむぅ、大胆なのか繊細なのか」
なんて話しているうちにもう一度建物を壊したような振動と音と声。この音量ならさっきまで歩いていた時にも聞こえてそうなもんだけど、壊されたばかりらしい建物は一つしかなかった。
何にせよこれは早めに向かうべきなんじゃ、と思う俺より焦っているのが織宮さんで、
「できれば、その現場にすぐ向かいたいんですが……!」
「そうだね」
織宮さんの意見が採用され、すぐに向かうことになった。




