22:飛ばされた先
デカいオークが発動した集団転移とやらの光が収まると、どこかの荒野にでも移動していたようで、見える景色が一変していた。
近くの地面は、岩がゴロゴロ転がっていてある程度の草が生えているだけ。見える範囲にある山はことごとくが地面の見えているハゲ山で、何キロか先には森と砦のような横に広い建築物がある。上を向いても分厚い雲に覆われていて空は見えないけど、不思議と明るさはあって、淡く光っている石や草があるというだけでは説明がつかない程度にはよく見える。
そんなこの場には、博士と探索者を合わせた俺を含む八人組のほか、元凶たるデカいオーク、足止めとして召喚されていたオーク達二〇体、そして空を飛んでいた二人が居る。この二人は空を飛んだままで、オーク一〇体の死体はない。
「フム? 随分ト、落チ着イテイルナ」
「焦る必要がどこかにあるかね? 多少身構えてはいたが、飛ばされてみれば近すぎて反応に困るほどなのだよ」
「ココハ、貴様ラガ居タ世界デハナイノダガ……アア、認メタクナイノカ?」
「うむ? ……ああ、多少の実例ぐらいは見せておかないと理解できるものでもないのかね。わざわざ証明する必要もないが」
デカいオークとランス博士はまた話が通じていない感じだけど、デカいオークの方が致命的に前提を間違えてることを除けば、一応話してるっぽい印象はある、かな?
「……ふむ、このオークの巣は向こうに見える砦かね」
「ハハハハハ、ソノヨウナ生意気ヲ言エルノモ今ダケヨ! アレコソ雌ドモノ行キ着ク先デアリ、雄ドモハ見ルコトノナイ我ガ城。ソシテ見ヨ、コレゾ我ガ軍、我ガ力ナリ!」
デカいオークが一通りの口上を述べると、さっきまでと同じような体格のオークが何百と、こちらを包囲しようとしているような広がった陣形で現れた。
今回は剣の代わりに槍を持っているオークも居るけど、体格はいずれも同程度で、他と比べて明らかに大きいのは王を自称していた個体だけだ。
ただ、地平線が隠れる程度にぞろぞろ出てきたからか、織宮さんは若干肩に力が入ってそうな雰囲気。
「……探索者になったばかりの頃なら脅威だと感じてたかもなー、ってぐらいかな?」
「そう言われると……そうですね。ファーバ草原宮でも奥の方に進めばもっと大きな個体が居ましたし」
体格がそれほどでもなくてもLvが高ければ脅威だと感じられそうだけど、さっきまでの様子から考えてもLvはかなり低い。
こう、なんというか、ゲームで言うなら最序盤用に調整されたサブイベントの戦闘を、中盤ぐらいになって、しっかり強化してからこなそうとしてるような感じ?
まぁ、どれだけプレイヤーが強くなっても敵も連動して強化されるせいで体感する難易度が変わらない、みたいなシステムは正直あんまり好きじゃないし、現実でやられても困るだけだけども。
「サテ、ソロソロ、生意気ナ雄ノ一匹クライハ黙ラセテオクカ。兵ヨ!」
『ハッ!』
ザッ、と、オーク達が一斉に武器を構えた。発生源の位置がまばらだから多少ズレて聞こえるものの、構えたタイミング自体は同時だったと思う。それはそれとして、やや後ろ、ほぼ真上からの敵意を感じた。
振り向いて見てみれば、剣を振り下ろすような構えのまま落ちてくるオークが一体。意外と小賢しいなあのデカオーク。
ひとまず、『防護』のリストバンドは着けてるし、受け止められないほどでもなさそうだから、剣が振られそうな位置で左手を開いて待ち構え――
「馬鹿っ!」
「はぅおっ!?」
俺の方には敵意を向けていない何かが横から、俺に突っ込んできた。
視界の端に映っているのは青色、いやそれより左手がちょいズレ、右腕はこの子が邪魔、このままだと頭に直撃――しそうだったけど左手が間に合った。
「ガッ、グッ?!」
「っぶないでしょもー」
「ふぇ? ……えっ?」
ちょっとどころでなく体勢が悪いので、剣を掴んだ左手は左に、右腕は青色の子をゆっくり押し返すように動かして、右の足裏をオークに静かに当ててから、力を込めて蹴り飛ばした。
一応助けようとしてくれていたらしい子に抱き着かれたままなせいで力を込めにくく、威力不足ではあったものの、剣を手放させることはできた。
そしてごろんと倒れたオークは、デカいオークも含めてボロい布を巻いているだけだったので、豚ではなく人に近い形で体格に見合った立派なモノも見えている。女性探索者相手に戦って真っ二つにされた奴ならともかく、俺に仕掛けた奇襲が失敗して転がされた後でも勃起してるのは……青色の子を間近で見たからかもしれないけど、何か凄く嫌だなコレ。
「……ッ! 何ヲシテイル、愚カ者メガ! 早クソイツヲ殺シテシマエ!」
「ッ、ガアアアアァッ!!」
「ごめん、ちょっと離れてもらえる?」
「え、あ、はい……?」
突っ込んできたオークをもう一度蹴り飛ばしつつ、青色の子にお願いして離れてもらい、改めてしっかり力を込めて蹴り飛ばすと……二〇メートルくらい飛んでいって、その勢いのまま更に何メートルか転がっていく。
オークは打ち所が悪かったのか、転がっている途中で敵意が途切れた。首がちょっと曲がっちゃいけない方向に曲がってるような……。
「えー……と、ランス博士、どうします?」
「む、むぅ……まぁ、巣の場所も割れたのだし、会話は可能であっても本質的には敵性。殲滅して巣を探るといった流れで良いだろうね」
「了解です。それじゃあ――」
「奴ハ何トシテデモ殺セ! ソノ亡骸ノ前デ雌ドモヲ犯シテヤル!」
『オオオオオッ!』
デカいオークの気に障ったらしく、支配下にあるらしいオーク連中ともども敵意が一気に膨らんだ。
とはいえ、こちらには俺とランス博士以外にも上級探索者が三人も居るわけで……突っ込んでくるだけの前衛が相手なら広範囲を攻撃できる闘技で簡単に処理できている。
「とりあえず、さっきの奇襲はあのデカいのの指示だったと思いますし、一撃お返ししておきますね?」
「ん? うむ」
左手で掴んだままだった大きな剣を軽く振ってアピールし、了承も得たので構えなおし、下からだと貫通したら後が怖いから、ジャンプしてからデカいオークに向かって投擲。
「ッ、グオッ!?」
音速は超えない程度の速度しか出してないけど、ギリギリでしか反応できなかったようで、投げた剣は腕に刺さり、デカいオークはそのまま後ろに倒れ込んだ。
偉そうなデカいオークも衣服は腰布ぐらいだから、ちょっと視覚的に良くないものが――
「ブフッッ! ち、小さっ……!」
「グッ! 貴ッ様アッ! 何ヲ見テ笑ッタアッ!!」
「それはき、君の股間の、ふふははは! ひっ、人の身体的特徴を見て笑うのは、良くないと、思うのだがね? 精力自慢のオークの、それも数倍規模の大型個体でそのサイズは、いくらなんでも卑怯だろう!」
ランス博士、大笑い。ランス博士ほどではないにせよ吹き出したのは他にも居るし、俺もちょっと笑いそうになった。
他のオークが身長二メートルぐらいなのに対して、このデカいオークは一二から一三メートルの間ぐらいの身長だから、約六倍。それでいて股間のアレだけは、勃起状態でありながら一回り程度しか違わない。
いやまぁ、あの巨体に見合ったサイズだったら人間とヤるのは絶対的に無理だろうけど、一般的な人間の体格で考えると、鉛筆やボールペンのキャップ程度の太さと長さしかないようなものである。アニメの人型ロボットぐらいの身長で人の腕より細く短いモノしか生えてないのは、本当になんの冗談かと。
それはそれとして、本人も気にしていたところだったのか緑色の顔に血が集まって黒と紫を合わせたようなすごい顔色になっている。あれか、内面的な意味での器も小さいのか。
「モウヨイ! 雄ダケデナク貴様モ無残ニ殺シテヤル! 兵ドモ、何ヲシテイル! コイツラヲ殺セ!」
既に大勢倒されているのも目に入っていないようで、いや、一応追加でぽろぽろ召喚されはしてるけど、倒すペースの方が早い。赤い血がそこら中にぶちまけられていて荒野が真っ赤に染まりつつある。しばらく放置すると茶色になったり臭くなっていくんだろうけど、少なくとも今は赤色が多い。……感染症とかがちょっと怖いかな? Lvが高い迷宮都市側の人間なら大丈夫だろうけど、こっちの東京の住人はちょっと心配だから、公園の近くに人が住んでたらちょっと心配かなと。
それはともかく、ランス博士もそろそろやる気になったようで、いつの間にか見覚えのある長い杖を取り出していた。
「思わぬところで笑わせてもらったが、用はここに来た時点で済んでいた。さらばなのだよ」
ランス博士は別れの言葉と共に魔術を軽く放ち、デカいオーク……体だけが比較的デカいオークは、断末魔を上げる間もなく凍りついた。
それだけでも十分致命的だったとは思うけど、ついでとばかりに加えられた追撃でバラバラになったことで更に確定的に。なんともあっけない最期である。
まぁ…………案内ご苦労様でした、ってところかな。
「それじゃあ、空を飛んでいた二人、少しいいかね?」
「っ、な、何か、用?」
「我々はこれから、この世界に囚われた人が居れば元の世界、あるいは私達の世界に連れ帰るつもりなのだが、君達は自力で帰還することはできるかね?」
「えっと……で、できるんじゃないかしら? 空は飛べるから……!」
「ここは日本どころか、君らが居た地球ですらないから、ロケットや宇宙船があっても行き来は不可能なのだがね。大した手間でもないから無理ならすぐに送り返すが、どうするね?」
「それは、その……」
どうにも歯切れが悪い雰囲気の緑色の子と青色の子。
そして、二人は俺達を警戒しているような雰囲気……まぁ、オークを一方的に殲滅した集団だからそりゃそうだとは思うけど、変に遠慮させても帰還できなくなって野垂れ死にする未来しか見えないから、ランス博士の誘いには乗ってほしいところ。
「……貴女達はここを調べるのよね? 手間じゃないなら、一緒に行ってから考えてもいいかしら?」
「ふむ。それでも良いが、我々がこの世界を去る前には決めてくれたまえよ?」
「ええ、そうするわ」
ひとまず同行するのは確定、と。
それはそれとして、決断を急がせるような形になりそうなのはちょっとアレだけど、周囲に何か居ないかは自分でも探ってみたい気持ちはある。ということで黒く染めてあるアクリル板ゴーレムを取り出して、周辺の探知を開始。
「? ……何を見てるの?」
「生存者かモンスターか、熱や魔力で探れないかと思ったんだけど……魔力が濃く集まってる箇所がちょっと多すぎるね。とりあえず、体温以上の場所をピックアップして、それぞれもう少し詳細に見るのが良いかな」
「へぇー……」
……俺に一度体当たりを仕掛けた青色の子がなんか寄ってきてた。顔は俺と同じくらいの高さにあるけど、空中に浮きながら覗きこんでる形で、本人の体格はそれほどでもない。表情や肌の質感も含めて考えると……中学生ぐらいかな?
「その、さっきはごめんなさい。馬鹿は私だったわ……」
「あー……まぁ、俺はどちらかといえば例外っぽい方だし、普通の民間人を助けるなら君の行動も間違いではなかっただろうから良いよ」
「でもその、下手をすると怪我どころじゃ済まなかったかもしれないでしょ?」
「いや、受けそこなっても自動でこういう盾が出て防げてたはずだから、怪我をする可能性が高かったのは君の方だよ?」
と、言いながら『防護』のオレンジ色の半透明な盾を手動で出し、軽く指で弾いてみせる。
「えっ? あ、そ、そうなの?」
「うん」
この青色の子がどの程度頑丈なのかは知らないけど、多分突き飛ばして助けるつもりだったんだろうなぁ、って体当たりでも俺は手が少しズレる程度だったから、この子に剣が当たってたら無傷じゃ済まなかったんじゃないかと思う。
かといって頭を殴られるのは何となく嫌だったから、防げて良かったのは確かだけども。
それはともかく、探知させてみた結果……砦のような所には当然のように、体温程度の反応が集中している。解像度を少し上げてみれば大部分はオークらしい反応で、人間らしい反応も複数あるか。
致してる場面はないみたいだけど、拡大して解像度を上げてみれば、人間らしい反応は一定の範囲に集まっている。
「ランス博士、向こうの砦はこんな感じみたいですが」
「……また器用なことができるようになっているね、アキミチ君……。ああ、他に人らしい反応はあるかね?」
「今のところ、見つけられてるのはこのくらいですね。後でまた範囲を広げたり、条件を変えたりしてやり直そうかとは思ってますが」
「そうかね。ではとりあえず、砦の方に向かうとしようかね」
「了解です」




