8. 災厄
学園生活1年目は割と平和だった。だが2年生になると遂に『ヒロイン』という名の災厄が学園に現れた。
「みんな、編入生を紹介する。エリントン男爵家のリリアン嬢だ。彼女は最近家の都合で男爵家に引き取られた。まだ分からないことが多いだろうから、助けてやって欲しい」
「リリアン・エリントンと申します。皆さま、よろしくお願いします」
教師から紹介されたリリアン嬢は、半年前にエリントン男爵家に引き取られた庶子だ。プリシラの『日記』にあった似顔絵によく似た、桃色の髪を二つに結った令嬢だった。
プリシラが隣の席でぼやくように言った。
「あの令嬢、最近男爵に認知されたのは分かるけど、なぜこの学年に編入したのかしらね?」
「それはこの学年が"あたり"だからだろう。王妃が妊娠したと聞いて、国中の有力貴族が一斉に子を作ったから」
「だから、この学年だけ一クラス多いのね」
結論から言えば、このリリアンはとんでもない女だった。王太子をいきなり「ライナス様」と名前呼びして、その腕にしがみついた時には、護衛に切りかかられそうになっていた。
リリアンはプリシラの『日記』にあった『攻略対象』に手あたり次第、接触しているようだった。彼女は僕に対しても馴れ馴れしかった。
ある日、図書館で本を探していると、本を抱えたリリアンとぶつかりそうになった。触れていないのに、彼女は手持ちの本を落とした。
「怪我はなかったですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
床に散らばった外国語、古代王国史、数秘学の参考書を一緒に拾ってやると、わざとらしい上目遣いでルビーのような瞳をこちらに向けた。
「これで全てですね。危ないので、ちゃんと前を向いて歩いてくださいね」
「えっ、それだけ!?」
小声だが、確かにリリアンはそう言った。不審そうに彼女を見ると、慌てて彼女は続けた。
「実は私、親に言われていきなり2年生に編入したんです。どうしても勉強についていけなくて」
「――そうですか」
「あ、あのモーリス様ですよね。とても成績優秀だとうかがいました! お時間ある時で構わないので、私に勉強を教えてください!!」
リリアンは本を渡す僕の手に触れた。もしかして、これが『イベント』というやつか。『ヒロイン』は『好感度』を上げることで、『攻略対象』と親密になるらしい。もちろん僕にそんな義理はない。
「お断りします。勉強の世話は婚約者だけで手いっぱいなんですよ」
リリアンに拾った本を押し付けた。
「――婚約者?」
「いえ、こちらの話です。失礼します」
不思議そうなリリアンを置いて、僕はその書架を後にした。欲しい本だけ借りて、生徒会室に行くと、ライナス殿下が頭を抱えていた。
「あの令嬢、今度はイーディスに難癖をつけているらしい」
「イーディス様にですか?」
どうやらライナス殿下の婚約者・イーディスにマナーについて叱責された、教科書を破かれた、足を引っかけられたなどと、訴えているらしい。どれも幼稚な内容でため息が出た。
「確かに、イーディスは私のことを"殿下"と呼ぶようにと注意してくれたみたいなんだ。だがとても穏やかな注意だったと、別の生徒も証言している」
「それは大変でしたね。何かお手伝いしましょうか?」
「大丈夫だ。他は全て彼女の勘違いで、学園長にも注意してもらった」
リリアンは他にも学園のあちこちで問題を起こし、徐々に孤立していった。
「リリアンが編入してきた時は、みんなかわいいかわいいって、言っていたのに薄情ねえ」
プリシラが悪気なさそうに言った。
「プリシラは僕が支えているから、まともな学生生活が送れているんですよ。少しは自覚なさってください」
「だって、あなたが一緒に来て欲しいっていうから通うことになったんじゃない。とりあえず、試験勉強を教えて。また出るところ、まとめてくれたんでしょう?」
「はぁ~、あなたという人は」
その時、廊下の奥の部屋に桃色髪の令嬢が入っていくのが見えた。あそこは確かクィン先生の部屋。
「どうしたの? モーリス。早く帰るわよ」
「――いえ、何でもありません」
テスト前だから、単に授業についての質問かも知れない。だが、要注意人物二人の邂逅に変な胸騒ぎがした。




